5.寝顔はなんと、安らかなものか
 授業を終えて化学準備室に戻ると、そこでは当たり前のように空条君が眠っていた。
 ソファを占領されたことに多少の苛立ちを感じ、少しイタズラしてやるかと近寄ったのだが、そのあまりの美しさについ、目を奪われてしまう。

(すっごいキレーな顏…)

 自分から顔を近づけておいて、思わず生唾を飲み込んでしまった。

 眉目秀麗。まさにそんな言葉がしっくりくる。
 かたちの整った眉に、彫りの深い目元…、伏せられたまぶたをふちどる、濡れ羽色の濃いまつ毛。つんとしたくちびるからは、すう、と囁くような寝息が聞こえてくる。

 切り裂くような凄味のある、普段の空条君からは到底、想像することもできない、年相応の安らかな寝顔。
 眠っていてもなお凛とした顔立ちは、私があと何歳か若くて、そして教師という立場でなければ、確実に彼に落ちていただろう。年齢や職業など、数多くのハンデを背負っている現在でさえ、彼にはすでに骨抜きにされかけているのだ。
 年齢と職業に相応した理性をしっかりと身に付けなければなぁ、などと考えながら、肉体はまさに真逆の行動に出ていて、笑ってしまう。

(迷惑料よ。これくらい貰ったって、バチは当たんないわ)

 そう、自分に言い聞かせ、先ほどから音もなく呼吸を繰り返している、彼のふっくらとしたくちびるに、自分のそれを押し当てた。

 子どもの使いのような、触れるだけの口づけ。雪の降る季節に移り変わろうとしているせいか、空条君のくちびるは、以前よりもすこし、かさついていた。

 す、と、くちびるでくちびるを撫でるようにして、ゆっくりと顔を上げる。
 空条君が目を開けたのは、それとほぼ同時であった。

「それで終いか」
「…起きてたの」

 のっそりと空条君が上体を起こす。後ろめたさや気まずさは特に感じなかった。別に今さら、こんないたずらのひとつやふたつ、バレたってどうということもない。

「続きは」

 ぐ、と腰を引かれ、彼の膝の上に降ろされる。私の胸元に鼻先を押し当て、空条君は寝惚けたように続き、と繰り返した。

「何がしたいか、言ってみなさい」

 やだ、ちょっと今の、かなりセンセイっぽかったんじゃない。ほとんどいつも通り、ソファに沈められながら、そんなことを思った。




2013.07.21
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