4.至急この人の取説を配布してください
 授業を終え、廊下を歩いていると、前方に見慣れた背中を発見した。宵の色をした学生服の裾が、重たげにはためいている。

「空条君」

 周りに誰もいないことを確認して駆け寄ると、隣に並んだ。空条君の歩幅が急に狭くなる。歩調を合わせてくれているのだろうか。

「もうすぐ学園祭ね」

 適当に話題を振ってみるが、空条君はああ、と適当に相槌を打つだけだ。相変わらず何を考えているのかわからない。
 長い腕を目で追うと、先の方はポケットに突っ込まれており、覗き見ることができない。

「ん」

 ふと、袖のボタンが取れかかっていることに気づく。
 金色の小さなボタンは糸が伸び、今にも取れそうにぷらぷらとゆれていた。

「ボタンが取れかかってるわ」

 彼の腕を抱えるようにして、両手でふれた。ポケットから引き抜かれた指先はわずかにこわばっているようだった。

「何しやがる」
「その言い草はないでしょ」
 空条君の唇がきゅっと引き締まる。
「直してあげるから、あとで私のとこに来なさい」

 そう言って手を離す…が、その瞬間、離した手を思い切り引かれ、よろめいた。
 受け止めるようにして腰を抱かれる。下腹部を押し付けられるような体勢。
「ちょっ、ちょっと…」困惑よりも、誰かに見られたらという不安の方が勝っていた。
 彼の中できょろきょろと辺りを見回すが、乱暴な口づけで動きを封じられる。こんなところで!と焦ったが、くちびるはすぐに離れていった。

(…こ、この子のツボがわかんない!)

 先ほどの流れの中で、一体どこに興奮したのだろう。駆け寄っていったとき?腕を掴んだとき?それともあとで来いと言ったとき?…まるで、わからない。
 けれど、無口で不愛想な彼が時折見せる、欲望に突き動かされたような強引さが好きだった。女子生徒たちが黄色い声ではしゃいでいる『ジョジョ』の、誰も知らない等身大の姿だ。

「…でも、ワケのわかんないタイミングで発情するのはいけないわね」
「ガタガタうるせーな。行くぞ」

 ずるずると私を引きずるようにして進む空条君。彼に手を引かれながら、胸に一抹の不安がよぎる。果たして私は、この狂犬を上手に躾けることができるのだろうかと。




2013.07.12
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