毒と戯れ
 カーテンもベッドも窓枠も、この部屋にあるおおよそ全てのものが、白色で統一されている。淡い色合いの室内に、そわそわとうろつくフーゴの髪色はよく馴染む。
 部屋じゅうに立ち込める、嗅ぎ慣れない薬品のにおいに鼻をひくつかせながら、フーゴは険しい表情でデスクに向かうユウリに声を掛けた。

「まだ終わらないんですか?」
「もう少し…」

 フーゴの方を見向きもせず、ガリガリとボールペンを動かしながらユウリは答える。
 その様子を別段と不満に思うこともなく、フーゴは、ユウリの腰かけた椅子の背もたれに寄り掛かった。
 椅子がぎしりと軋み、ユウリは、ようやくそこで顔を上げた。

「…もう少し、待って」
「もう少し、もう少しって…さっきからそればっかり」
「しょうがないじゃあないの。たまには仕事もしないと」

 う、と返す言葉に詰まる。
 今日は忙しいから、と釘を刺されていたにも関わらず、彼女に会いたい一心で、無理を言って彼女の職場に押し掛けただけに、仕事、というワードを出されると弱いのだ。

「そんなしょんぼりしないの。もう終わるから」

 よしよしとフーゴの頭をひと撫でしてから、冷めたコーヒーの入ったマグカップに口づける。

 ユウリの何気ない一挙一動を、フーゴは見過ごせないでいる。
 コーヒーを一口飲み、カップからはなした唇を、ぺろりと舐める仕草が色っぽい。
 フーゴくらいの年の少年にとって、ユウリという大人の女は、まさに毒以外の何ものでもなかった。

「…だいたい…」

 言いかけて、止める。
 フーゴの視線は、ユウリの胸元に注がれている。
 カッターシャツのボタンはだらしなく外れ、けれど清楚なイメージは崩さず、豊かな谷間がそこから覗く。

 ―――仕事をするのに、そんなに胸元開けておく必要があるんですか?

 フーゴが言いたいのはそれだった。
 彼女はいわゆる闇医者として、表向き、公の場で医者に掛かれないような裏の人間たちを顧客としている。故に、彼女の診療所が混み合うということはほとんどない。

 しかし、それにしたって、とフーゴは思う。
 シャツの中で、窮屈そうにぱんと張りつめた乳房は、ユウリがペンを動かしたり、パソコンのキーボードに手を伸ばすたびに小刻みに震え、フーゴは、意図せず固唾を飲み込んだ。

「ねえ、ユウリ、今ここでセックスしたいって言ったらどうします」
「ん。もう少し我慢して」
「だから、さっきからずっとそればっかりじゃあないですか」

 そのまま、ユウリの顎を指先で持ち上げ、上を向かせ、唇を唇で覆うようなキスをする。舌は絡めず、唇を数回甘噛みし、ゆっくり離せばユウリの口から惚けるような息が漏れた。

「待って」
「だめです」
「…フーゴがこんなワガママ言うなんて、珍しいわね」
「ユウリこそ。いつもいつも、僕のことなんてお構いなしに誘ってくるくせに…」
「仕事は仕事よ、…あ、もう、こら」

 言い終わらないうちに、首元へ降下した唇にもてあそばれ、ユウリは途切れ途切れに抵抗する。
 普段、性行為に関しては男以上に意欲的なユウリが、こうしてフーゴを拒むこと自体が珍しい。
 いや、珍しいというより、はじめてのことだった。
 それだけ仕事に対する気持ちが真剣なのだろう、それを知っているから、今更止められない自分自身に、僅かだが罪悪感が募るのだ。

「あっ。フーゴ、やめて、ってば…」
「無理です。知ってるくせに。僕のこと、こんな体にしたの、誰だと思ってるんです」
「ッ…」

 椅子の前に屈み、フーゴは、ユウリの脚の間を割って入る。
 スカートのすき間から覗く下着にはこの際ふれず、先ほどから気になって仕方なかったシャツのボタンを、右手だけで一気に外した。

「フーゴ………」

 諌めるようなその声には、多少の諦めが混じっている。
 発情した若い雄を止めることはほぼ不可能に近く、また野暮でもあることをユウリは知っているのだ。

「仕方のない子ね」
「はぁッ、…ユウリ、すみません」
「いいのよ。そのかわり、おっぱい以外はいじっちゃダメよ」
「なッ」
「オカズをあげるって言ってるの。私が仕事を片付けるまでの間、胸だけ好きにしていい」

 「それだけでイッちゃうほどヤワじゃあないでしょ」と笑いながら、ユウリは手にしたボールペンをクルクル回す。

「ほら、どうしたの。いやらしいことするんじゃあなかったの」
「…っ、ユウリ、貴方って人は…!」

 半ばやけ気味に、フーゴは、露わになった濃紺の下着の上から、荒っぽい手つきで乳房を掴む。
 にも関わらず、何食わぬ顔でデスクに向かうユウリの凛とした表情が憎たらしい。

「本当に、可愛げのない人ですね…ッ」
「だったら、その気にさせてみればいいじゃあないの」

 試すような口ぶりだった。いつもならフーゴの事情など知らん顔で、勝手に発情して、勝手に押し倒してくるくせに、こういうときばかり受け身だなんて、ずいぶんと都合のいいことだ。

 彼女の身勝手さには、ある程度慣れているつもりだったが、今日のそれには下らなさも相まって呆れさえ混じる。
 しかし、一度昂ぶってしまった自分自身を抑えきれるほど、大人にはなりきれず、フーゴは思考を止め、眼前に揺れる乳房に手を伸ばした。

 下着の上から、形を確かめるように手のひらで押し上げると、少し乱暴すぎたのか、下着をふち取るレースから、淡い色の乳頭がちらりと覗いた。
 喉を鳴らし、まだ柔らかいそれをきゅっと摘まむ。
 ユウリの口から声は上がらなかったが、フーゴの左手が置かれていた小さな膝ががくりと震えた。

 「胸、弱いくせに…」確信めいたフーゴの言葉に、ユウリは動じる様子もない。

「本当に…可愛げのない…」

 徐々に、フーゴの息遣いが荒くなる。
 それは興奮と屈辱からくるもので、勃起しはじめた乳首に舌を這わせながら、フーゴは、自身のベルトを外しに掛かる。

「フーゴって、エッチよね」
「ッ、誰のせいだと…」

 服を脱がなくてもわかるほど、パンパンに張った股間部分を見下ろす、至って冷静なユウリの瞳に滲んでいるのは、侮蔑ではなく、喜びにも似た純粋な好奇心。

「気持ちいい?」
「……っ、はい…」

 聞いておきながら、そう、と素っ気ない返事をしただけで、ユウリはまたデスクの書類に視線を戻す。
 その下では、自分自身を力強く扱きながら、乳首に噛りつくフーゴが息を乱している。安っぽいポルノ映画でしか見ないような光景だった。
 性への欲求には、普段、呆れるほど素直な彼女の、珍しく淡白な態度に、フーゴ自身も興奮しているのだろう。

「ん…」

 ボールペンが置かれる音がして、顔を上げると、薄い唇をぎゅっと噛み、切なげに喘ぐユウリと目が合った。

「…ここ、シミになってますよ」
「言わないでよ…」

 スカートのすき間から覗く、ブラジャーと揃いのショーツには、早くもうっすらと染みができており、フーゴは、反射的に、そこに触れそうになる。
 しかし、先の彼女の言葉を思い出し、おっと、と伸ばした手を引っ込めた。

「アッ、く…」

 引っ込めた手で、再びペニスに触れると、開いたままの口から本能的な喘ぎがもれる。
 その、まるで女のような喘ぎ声は、フーゴにとって、セックスを覚えた当初はコンプレックスでしかなかった。それを、ユウリが可愛い可愛いと褒めるうちに、いつしかどうでもよくなっていったのだが。

「あっ…あっ…ユウリ…」
「ぅ…ン、フーゴぉ…気持ちいぃ…」
「はぁっ…綺麗ですよ、ユウリ」

 言いながら、フーゴは、ユウリの乳首をぴちゃぴちゃと舐めながら、彼女の前に跪き、一心不乱にペニスを扱き上げている。
 先走りの雫をモノ全体になじませ、強く、上下に擦る。
 荒く息を吐きながら、剥ぎ取るような勢いでブラジャーを外し、ぷるんとこぼれた乳房をもう片方の手でおし包む。

「あん、あっ、フーゴ、乳首ぃ、ペロッてして…」
「しょうがない人ですね」

 歪んだユウリの目元には、涙とともに、快感にとろけた恍惚の色が滲む。
 いつもの淫乱な姿に戻りつつある彼女に、少し余裕が芽生えたのか、フーゴは彼女の要求に応え、むくりと立ち上がった乳首を口に含んだ。
 そのまま舌先でびちびちと強く転がすと、より甲高く甘ったるい声でユウリは鳴いた。

「あぁん…ぅんッ…」
「はっ…ぁっ…もう…っ、はぁっ、いきそうですよ…!」

 晒した局部を擦る手の動きがより乱暴に、より速くなっていく。
 自身の限界を促す、眼下の少年の姿に興奮を覚えたのだろう、ユウリは、胸元で揺れるプラチナブロンドを、後頭部から鷲掴み、しっとりと潤った谷間に寄せた。

 くどくならない程度に叩いたパウダーの香りがフーゴの鼻孔を突き、それを堪能しながらフーゴは目を瞑る。
 その脳裏には、かつて交わした情事の最中、乱れに乱れた彼女の姿を思い浮かべる。
 先走りの汁で滑りのよくなった自身の手のひらを、ユウリの膣に置き換え、想像し、彼女の腰に触れていた左手で、ずしりと重たくなった玉袋を揉む。

「フーゴ、可愛い」
「やっ!ユウリ、やめ…あぁぁ!」

 恥ずかしげもなく自慰に耽るフーゴのペニスを、ユウリは、パンプスの冷たい靴底で、つんと触れた。
 その瞬間、弾かれたようにペニスが震える。
 意識の外からの刺激に、尻全体に力がこもる。
 アア、とフーゴの口から情けない声がもれ、力の抜けたフーゴの手のひらを、自身の放った粘着質な液体が白く汚した。

「ハァッ、ハァッ…」
「フーゴ、こっち向いて」
「ン…む」

 フーゴの顎をくいと持ち上げ、荒々しく息を吐く、紅梅色の唇を塞ぐ。

「ユウリ…」
「たまにはこういうのも、いいわね」

 「興奮しちゃった」まるで他人事のように軽く言う。
 離しながら、陰部を晒したまま、その場にへたり込むフーゴの頭を撫でる。

「何言ってるんです。全然、足りませんよ」
「奇遇ね…私もよ」

 互いの頬を、熱くなった互いの指先が撫でていく。
 次に訪れるであろう快楽への期待に、フーゴの内腿は小さく震えた。




2011.12.01
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