06
 あのときの決断が果たして正しかったのかどうか、今でも時々、考える。

 ―――結局。悪役になりきれない中途半端な私は、花京院君を陥落させることができなかった。
 あの夜以降、私は、彼との接触を一切絶った。そんな私を、DIOの配下の者たちは腰抜けだと笑った。

「あの少年に情でも移ったか?ユウリよ」

 ある夜、DIOは私にそう問うた。
 私は返事をしなかった。答えることができなかった。
 彼に対して感じていたこの気持ちが単なる情のひとつであるのかどうか、私にはわからない。愛や恋とは違う、もっと遠い感情のような気がしてならなかった。

「お前が中途半端な気の迷いを起こしたせいで、あの少年は死期を早めたかもしれんな」
「………」
「後悔しているか?」
「…わからないわ…」

 思考を手放した私には、もはや、DIOの言っていることはほとんど正しいと思えた。
 私が彼の調教を放棄したせいで―――、彼は結局、DIOによって肉の芽を埋め込まれてしまったのだ。
 肉の芽によって身も心も支配された彼は、ジョースター家を狙う刺客として日本へと発った。
 もう二度と、あの、純粋で聡明だった彼には会えないのだろうと思っていた。

 けれど運命は違った。
 花京院典明は、空条承太郎という少年によって洗脳を解かれ、DIOを倒すため彼らとともにこのエジプトに向かっているという。
 DIOは彼らを待ち受けるため次々と刺客を放ったが、彼らは誰一人として帰って来なかった。

 『―――僕はもっと強くなる』

 懐かしい睦言を思い出し、私はそれが嘘でなかったことを知る。





「―――ユウリさん」

 あのときと同じ、柔らかな声が辺りに溶ける。
 いや、あのときよりも少しだけ、大人っぽくなったような気がする。
 ジョースター一行とともに様々な経験をして、成長したのだろうか。
 あれから、そう時間も経っていないというのに。
 ねえ、花京院くん。

「良い男になったね」
「…そんな言葉、聞きたくない」

 サングラスを外し、花京院君は悔しそうに唇を噛む。久しぶりに会えたのだから、そんな顏しないで欲しい。

 DIOは私に、凶手を振り切り南下するジョースター一行の討伐を命じた。
 私が花京院君を見つけたのは、あらゆる物語が終盤に差し掛かった頃だった。
 砂礫の夜にあの館で出会い、そして離別した私たちが、またふたたびこのカイロで邂逅する。―――そんなありふれた巡り合わせだけれど、私は、奇妙な因縁を感じていた。

(…DIO。私は引力を信じるよ)

 崇拝にも似た感情を以てDIOを思う。DIOの言った、引力という強い光によって導かれ、私は今こうして彼と対峙している。

「会いたかったわ」
 懐から愛用の小型拳銃を取り出すと、花京院君は表情を曇らせた。

「僕を殺すんですか?」
「どうかしら」

 乾いた風が吹き抜ける。辺りは民家が建ち並んでいるけれど、ひと気はなく静かだった。

 スライド部分を引き、銃口を彼に突きつける。チャカッ、と冷たい音がした。
 スタンド使いではない私には、花京院君の半身の姿は見えないけれど、きっと彼の背後で構えているのだろう。

「…僕は貴方のことが好きだ」

 こんなこと、したくない。
 優しい彼の声に、絆されてしまいそう。

「花京院くん。私はね―――」

 キミの目が好きだったよ。
 純粋で、汚れを知らないキミの瞳を、私は恐れ、そして同時に焦がれてもいた。
 情なんかじゃあない。どこまでも綺麗なままの彼に私は憧れていたのだ。

「またいつか会えたらいいね」

 ゆっくりと目を閉じ、彼に向けていた銃口を自分自身のこめかみに押し当てた。まぶたの奥で、花京院くんが息を呑むのがわかった。

「ユウリさんッ!」

 引き金に絡めた人さし指。それを迷いなく引いた。
 一瞬、何かが爆ぜる大きな音がして、やがて何も聞こえなくなった。




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2013.07.02
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