今日の晩御飯は本当は布施と食べる予定だったけど、珍しく布施が断れない約束が出来たと言った。ご飯なんていつでも食べれるしと思って部屋でうとうとしていたら、水島がさっさとご飯を作って寝てしまったらしい。こんな時間まで寝たら夜寝れなくなるなあ。
どうしようかな。冷蔵庫の中には…肉やら野菜やらがたくさんある。これなら何でも作れそう。それにしても水島はこんなにいろいろあるのに簡単な焼きそばを作ったらしい。よく飽きないなあ。

せっかくなら凝ったものでも作ろう。そうしよう。
寝起きなのにまだ眠くて欠伸をしながら、とりあえず生肉とそれから玉ねぎ。パン粉も取り出す。
これを作るのは久しぶりかもしれない。

ボウルの中に生肉を入れて、さあ、と意気込んだ時インターホンが鳴る。誰だろう。布施…はないか。内海かな。

「…朝也?」
「兄さん」
「こんばんは…えーっと、入る?」

水島はもう寝てるみたいだし、換気扇もつけたから多分タバコの匂いはしない、はず。いきなりだなあ、と思いながらも扉を開けてやると朝也は微妙な顔をしている。なに?
朝也はソファに座って「覚えてる?」と聞いてきた。何の話だ。

「今日、何の日か分かる?」
「今日?…」

カレンダーを見上げる。特に印も付いていないけど、なんかあったっけ…あ。

「誕生日おめでとう、朝也」
「兄さん忘れてたでしょ」
「2日前まで覚えてたよ、今日は忘れてたけど」

正直な話、薄情だけど今まで朝也の誕生日なんてほとんど意識してこなかった。言い訳をするなら何年も会話もしてこなかった仲だったし、お互いに祝い合うなんてこともない。一昨日思い出した時も、そういえば明後日朝也誕生日だったっけ、そんな感じだ。
ちなみに何も用意してない。朝也が好きなものなんて想像つかないし、あげたこともなかったのに今更というのもあった。でもいざ、朝也が目の前に来ると罪悪感があった。

「今日は無理だけど、何か欲しいものある?」
「…兄さんご飯これから?」

朝也はテーブルの上に広げられた食材を見た。

「…?…うん、ハンバーグ作るけど」
「じゃあそれプレゼントにして」
「そんなのでいいの?」
「むしろ嬉しい」
「…じゃあいいよ」

変だなあ朝也。多分食堂の方がずっと高級食材で美味しいのに。俺のなんか素人だし。

「見てていい?」
「うん。時間かかるけど待ってて」
「手伝ってもいい?」
「え、プレゼントなのに手伝ってもらうのは変じゃないかな」
「それもプレゼントにして」
「…手伝わせるのも?」
「うん」

奇妙だ。朝也ってこんな変だっけ。いや変だけど、わざわざ労働をプレゼントってどういう事なんだろう…。

「なんか無理してる?」

思わず朝也に聞くと、気恥ずかしそうに微笑まれる。

「そんなことないよ。…兄さんと何かするの、初めてだから」

確かに…。逆に気まずくなり、軽く頷いて、まず玉ねぎを切ることを進めた。
フライパンとか皿とかボウルとか、色々準備して朝也の手元を覗く。皮はちゃんと剥いてあるし切ってはある、でもこれじゃまだ大きい。味噌汁とかカレーサイズだ。

「これまだ大きいよ」
「…兄さん」
「なに」
「目が沁みる」

そりゃそうだ。玉ねぎだし。
朝也は目をぎゅっと瞑ったまま包丁を手に、宙に浮かしている。その状態で停止なのか。

「代わるよ」
「兄さんは目沁みないの」
「沁みるけどそのうち慣れるから」
「すごい…見ててもいい?」

もちろん、と頷いて包丁を受け取るとその場を一歩、横にずれた。朝也はそのあと、覗き込むように俺が玉ねぎを細かくしてるのを見てた。

細かく切り終えた玉ねぎを肉に加えて、何となく手伝いたそうに見えた朝也にこねてもらうことにした。
柔らかい生肉に四苦八苦して、成形すら歪んだ形になる朝也。多分料理始めてなんだろうなあ。
それもそうだ、根っからの金持ちとして育ってきたし周りが何でもやってくれる。俺も前の世界で一人暮らしなんてしてなきゃ出来ない。
けど健闘しながらも楽しそうな朝也は存外、料理が好きなのかもしれない。

無事に出来上がったハンバーグはなかなか奇妙な形をしていたけど、綺麗に焼きあがっててナイフを入れればその亀裂から忽ち肉汁が溢れた。
目の前でそれを確認した朝也の目が一瞬輝いたように見えた。子供みたいで面白い。

「美味しそう」
「多分店で食べるのよりは味は落ちるけど…でも普通に美味しいと思う」
「お店のより美味しそう。いただきます」

正気か。ソースとかもないし、ごく普通に作っただけで隠し味も一手間というやつもないのに。
朝也は綺麗にナイフを使って、一口サイズにまで小さくハンバーグを切った。溢れ出る肉汁を一瞬見つめて、口の中に押し込んだ瞬間、朝也はパッと顔を上げてこっちを見た。

「美味しい」
「よかった」
「……すごく美味しい。さすが兄さん」

誰が作ってもこんな味だけど。肥えた舌の持ち主の割にこんな普通のハンバーグを絶賛するだなんて。

「…美味しい」
「そう」
「兄さん…ありがとう」
「うん」

そんな感謝されることか。でも黙々と食べる朝也は何というか達成感みたいなのが滲み出ている。その気持ちはちょっと分かる。自分で努力して作るとおいしいもんなあ。

「今までで一番嬉しいプレゼント」
「…そっか。誕生日おめでとう、朝也」

両親が今まで買ってきた馬鹿みたいに高価なプレゼントより嬉しいだなんて、朝也は変わってるなあ。


misatoさん、リクエストありがとうございました:3

home/しおりを挟む