ここに来て3回目の夜。

あたりは真っ暗で、相変わらず何も見えない。街灯の有り難みをひしひしと感じる。
風にがさがさと揺れる葉の音に恐怖を煽られてフレイムさんの上着をギュッと握って引き寄せる。
なんと優しいことにフレイムさんは厚めのバスタオルほどの布をくれた。それを敷いて横になると硬い感触も紛れてだいぶ楽になる。

野宿ってこんな感じなのかな。
ちなみにさっきはじめて立ちションをした。初めての体験だったけど開放感がなかなか良い。
でも、ここに来てかなり経つのに尿意なんてなかったのかというくらい、忘れていた。

ぼんやりとオレンジ色に輝くランタンを見つめていると、少し離れた場所にフレイムさんがくれたおにぎりが見える。

昨日の夜は空腹で飢えていたのに、今は減っていない。むしろ喉に通りそうになかった。せっかくもらったのにと詰め込めれば良かったけど、出来なさそうだ。フレイムさんにはちょっと申し訳ない。
こうも長くこの場所に一人で過ごしていると、友達や家族が恋しくなる。旅行とか行った時にはあんまり感じないその感情に不安が渦巻く。
この夢が醒めたら、この長く感じる時間もすぐ忘れてしまうだろう。フレイムさんのことはなるべく覚えておこうと思うけど、でもきっとほとんど忘れるに違いない。

でも、もし、この夢が醒めなかったら。
ぞわぞわーっ寒気が背筋を上り、顔をしかめる。
そんなことあり得ない。だって、そんな話はあり得ない。聞いたことがない。物語の世界だけのものだ。
孤独感が襲いかかってくる。

「かあさん、とうさん」

友人の名前も呼んで、それでも耐えきれなくて、涙腺が緩む。なんとか堪えて鼻をすすると途端に孤独感が一気に増大する。
ランタンを見つめると、そんな孤独感をかすかに薄めてくれるような気がした。

「フレイム、さん」

彼の名前までぽろりと出てしまう。そしたら彼のくれたランタンの奥から、見慣れた人影に夢でも見ているのかと思った。
夢の中のはずなのに。

「な、なんでいるんですか」
「こんな森に子供を置いていくのは、見逃せない」

あの、俺は全然子供じゃない。いくら日本人が童顔に見えるからって、二十歳過ぎた人間に子供なんて言葉は似合わない。もしかするとフレイムさんからはヒヨッコ程度に見えるのかもしれないけど。

いろいろこみ上げてきた思いも、言葉にはならずそれでも孤独感は煙のように忽ち消えていく。

「なぜ、何も言わない?」
「ううう、フレイムさん…」
「握り飯は口に合わなかったか」
「違うんです!あのですね、どうしても人には喉が通らないときがあって、だから、ええっと、本当にごめんなさい」

ふん、とフレイムさんは鼻を鳴らした。

なんだか申し訳ない。貰い物はどんなものでも大切にしたいし早めに食べるべきだと思っている。そういう教えだったし、だから不味いわけではないこの好意のかたまりを捨てるなんて。

「別に怒っていない」
「ほ、ほんとですか?」
「嘘は…つかない主義だ」

変な間にも気付かず、確かにまじめそうだ、と納得してしまう。同時にそんな言葉に俺はほっとした。この人はどんな時でも俺を助けてくれるんじゃないかって。
救われたような気もした。

フレイムさんはしばらく地面を見つめて何も言わなかったけど、気まずさは感じなかった。
それよりも安堵の方が大きい。
人がそばにいるとこんなにも寂しさが紛れるなんて今まであまり気付かなかった。

「フレイムさんって優しいんですねえ」
「俺がか。まさか」
「少なくとも俺にとっては、ですよ」

じゃなきゃ、おかしな男に毎日握り飯を届けたりはしない。イケメンだからちょっと目の敵にしていたけど、いい人だ。毒のある木の実も、あんなに怒鳴ってくれたのは俺のことを思ってのことだろう。

「優しさなど持ち合わせていない」
「ええ、じゃあこれとかこれを届けてくれたのは何でなんですか」

そんなキザなことを言われて、意地悪な気持ちでそんなことを聞いた。ランタン、おにぎり、寒くないように柔らかな布。
顔が緩まないように気を付けても、少しにやにやしながら見上げたら、フレイムさんは微妙な顔をしていた。
何度か見たことのある、詰まったような、困ったような、悩んでいるようなそんな顔。

何だろう。なんか失礼なことを聞いちゃったかも。

「説明出来ない」
「なんかすいません…」

もう何度目かの謝罪を口にする。本当に絞り出したような声に、嘘はつかないという言葉に忠実なまじめな人なのだろう。
少し気分が落ちたみたいに、へにょ、と垂れている犬耳…じゃなかった狼の耳にくすりと笑ってしまう。

「その耳、触っちゃだめなんですか」
「だめだ」

即答されて、がっくしとうなだれた。そして独りではない夜をフレイムさんと越えた。

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