“この部屋は個人的な情報を喋らないと出られません”
内海も布施も、顔を合わせて首を傾げた。2人してこの部屋に閉じ込められ、どうしたものかあ、としばらく部屋を歩き回った。が出れそうにもない。
しょうがないなあ、と2人して座り込む。
「何話せばいいんだろう」
「さあな…」
個人的、って何だろう。名前、住所。きっともっと別のものだ。
「とりあえずお互い順番に質問すれば良いんじゃないかな」
「変なこと聞くなよ」
「えーじゃあ初恋の人は?」
「おい」
内海はニコニコしながら、早くーと布施を急かす。布施は嫌そうな顔をしつつも、溜め息ついて渋々口を開く。
「言いたくねー」
「えー?いいじゃん」
「楽しそうだなお前…別にいねえよ」
「え、言いたくないってことはいるんでしょ」
布施は目をそらす。
内海は追い詰めるのを楽しんでいるのか目をキラキラとさせている。
「もしかしてあの人?意外と関係長いよね」
「お前知ってんのかよ…あ」
「小暮は鈍いから気付いてないけど俺は分かるよ」
うんうんと頷く内海は得意げだ。
「小暮とあの人がクラス一緒の時、よく遊びに行ってたよね布施。めっちゃ見てたじゃん、あれで気付かない小暮は流石だよ」
「…気のせいだろ…たしかにあいつ鈍いけど」
「でも生徒会と言えばさあ、小暮最近弟くんと仲良いよね。なんかあの弟くん明らかに小暮のこと好きだけど小暮気付いてないからね」
2人の共通の友人である佐藤小暮は、誰から見ても普通の男だ。というか普通すぎるくらい。
この学園の学生らしくない。
そんな友人の弟が、誰よりもこの学園で人を魅了する男だ。共通点が佐藤という苗字と性別だけ。知った時は布施も内海も驚いた。
「まあ弟に好かれるなんて想像しないだろ」
「まあねえ。でも布施なんか怒ってたよね。あの弟くんのこと知った時。あいつ弟いたのかよ知らねえーって」
ちょっと布施の声真似をした内海をぎろりと布施は睨んだ。真似といっても似てないし悪意のある真似だ。
けど布施は実際その日機嫌が悪く、小暮は不思議そうに、どうしたの、と首を傾げていた。自分のことだとは気づかない小暮はやはり鈍い。
何かと布施を弄って遊ぶ内海に対して、踏み入らないし気を遣える優しい小暮の方が布施は明らかに贔屓している。小暮の休んだ日のノートは、次の日小暮が来た時にもう机の上に布施は置いている。
それに小学校からの友人だ。なのに弟のことなんて聞いたこともなかった。小暮を責めることはなかったが、むっとしていた布施を面白がっていた内海もまた弟の存在は初めて聞く話だった。
「まあ布施ノリノリだったもんねー、生徒会に好きな人出来たのかーって。席取ってやろうーって」
「そりゃあ、まあ…友達に好きな人、出来たら、応援したくなるだろ…」
「あはは」
まさかそんなことを期待しているとも思わず小暮はいつにも増して積極的な布施を不思議がっていたが。
「仲間が出来たってこと思ったでしょ」
「……思ってねえ」
「小暮って恋するのかなあ」
「いつかはするだろ」
「でも鈍いしさあ…そういえば小暮が布施に優しいのは女の子みたいって思ってたからって知ってた?」
一寸間を置いて、は!?という布施の声が響く。
初等部からある全寮制男子校だ。当たり前だが女子がいることはない。触れ合ったのは母親か姉妹という生徒ばかりだ。内海も布施も小暮もずっとその環境で育って来たはずだ。
「岬ちゃんって名前と、小柄で目が大きいから女の子みたいって。もちろん男って知ってはいたけど、女の子みたいに可愛いって思ってたんだって」
昔から身体が大きい内海に比べ、布施は高等部前まで身長が伸び悩んで小さかった。背の順は前から2、3番目だった。加えて丸っこい目はたしかに可愛らしかった。
今こそ小暮に身長が追いついてるが、昔はずっと小さかった。にも関わらず気は強く、よく吠える子犬にも見えた。
知りたくもなかった新しい事実に布施は微妙な顔だ。女のような名前と小さかった身長はコンプレックスだ。よく弄られてた。それに触れたことがなかった小暮がまさかそんなことを思ってたことがあるなんて。ちょっとショックを受けた。
「お前はいいよな、男らしい名前で」
「えー、和幸って普通っぽいじゃん。俺は小暮って名前好き」
「岬よりマシだろ。…小暮はいいよな、なんか」
布施と内海は互いを苗字で呼んでいる。お互いに自分の名前をそんなに好きじゃない、と暗黙のルールになっているから。対して2人は小暮のことを名前で呼んでいた。響きが気に入っているからだ。
「弟くんは朝也でしょ?兄弟で対の名前っぽくていいよね」
「確かに……つかこんなん話しててここのドア開くのか?」
「開かないんじゃないかなあ」
「おい」
ガチャ。
「あ?」
「え?」
白い壁に突如現れたドア。それはもう既に開いている。
内容はクリアしたということだろうか。
「なんか…案外チョロいな」
「まあまあ」
2人は、仲良く並んで部屋から出る。その先には友人である小暮が待っているのだから。
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