”この部屋は一緒に入浴をしないと出られません”

入浴、だけなら寝る前だったし丁度良かった。なのに、一緒にって。
隣に立つ、制服ではない部屋着の弟、朝也を見上げる。この場合その一緒というのは、この朝也のことだろう。ええ、この歳で本当に一緒に風呂入らなきゃ行けないの?男二人で。

ゆっくり朝也から部屋のど真ん中にある湯船へ視線を移す。そして文句をつけたくなった。男が二人入るには丁度良いとは言えない、一人暮らしのマンションにある湯船レベルだ。サイズとしては普通だけど、あれはあくまで一人用のもの。男が二人入るのには小さすぎる。
せめて銭湯くらいのにしてくれればいいのに、と。

「これ入らなきゃだめなの兄さん」
「多分」

書いてあるとおりなら、入らなきゃどうにもならないし。

「じゃあ兄さん入って、僕向こう向いてるから」
「一緒に入らないとだめだと思う」
「......」
「書いてあるし」
「......」

朝也が何も言わなくなってしまった。不服なのかな、そりゃまあ俺も一緒にお風呂入りたいですとはならないけど。

年の近い男兄弟なのに、俺の記憶だと小さい頃一緒に入った覚えがない。いや父さんと三人でってことはあったかもしれないけど、二人で入ったりはしなかった。もちろん一緒に入りたがらなかったのは俺だけど、その頃には父さんの会社は大成していたから、お世話係もいたし弟の面倒なんて見なくて良いだろ、なんて思ってた。

「一緒にはいるの初めて」
「...本当に入るの」
「え...」

そんなに嫌なの。男同士ってこの学園である林間学校だの旅行だので一緒に温泉入ったりするし、気にするほどでもないとは思ってたのに。
でも朝也は考え込むように眉根を寄せている。なんか葛藤してるみたいな。

「一緒に入ろう、朝也」
「うん...別にだめじゃないし、嫌でもないからね」
「そっか」
「ただ......困る」

困るってなんだろう。
まあいいか、早く入って出ないと寝れそうにないし。
いそいそと服を脱ぎ始めると、朝也も脱ぎ始める。たまにこっちを見てるけど、多分体型とかはほとんど変わらないんだろうなあ。

置いてあったタオルを腰に巻いて、朝也を見るともう準備を終えていた。

「よし、入ろう」

蓋を開けると湯気が一気にあふれる。おお温かそう、これで冷めてたらどうしようって思ってたし。
先に入って、なるべく小さく体育座りする。はいどうぞと朝也を見上げると、目をそらされた。それからいそいそと入ってくる。
入った分だけお湯が肩のが浸かるくらいになる。そうして同じように朝也が体育座りで目の前に。向かい合ってお互い黙る。なんだろうこの空気。

「あったかいね」
「うん」

ふう、と息を吐く。
なかなかお湯の温度が高くて、額から汗がにじむ。そのせいと湯気でしっとり髪の毛も濡れて頬に張り付く。ちら、と朝也を見ると同じように髪が濡れている。けど明らかに、艶めかしいような雰囲気になっている。すごいなあやっぱり朝也。魅惑の男って言葉、はじめて見た時はちょっと笑ったけど、直で見ると確かにそんな言葉が浮かぶ。

「兄さん」
「うん」
「あんま見ないで」
「だって正面にいるし」
「恥ずかしいよ兄さん」
「じゃあ足伸ばして。そしたらその間に座るから」

え?と素っ頓狂な声をあげた朝也の膝をつかんで伸ばさせると、くるりと身体をひねってその伸ばした朝也の足と足の間に座る。慌てて浮かび上がったタオルを押さえた朝也は抵抗する間もなかったらしい。あっさり入れた。

「ちょ、に、兄さん...!」
「これなら顔見えない」
「でも、」

そういう、問題じゃない。小さく消えるような声は至近距離にいる俺でも聞こえた。

距離が近いせいで朝也の早い浅い呼吸も聞こえる。顔をみるよりこっちのが落ち着く。
このままなら普通に一人で風呂に入っているのと同然だ。お湯も丁度良いし。

「気持ちいいなあ」
「っ」

ざばり、と勢いよく背後で立ち上がった朝也。そのまま湯船を出て、いつの間にやら開いていた扉から出てしまった。そんなに俺と入りたくなかったのかなあ。

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