"この部屋は笑わせないと出られません”

うそ、という俺の声と、一緒に閉じ込められた駒井くんの「ふわぁ」というあくびが重なった。なんでそんなのんびりしてられるの、問い詰めたくなる。こんな部屋に閉じ込められて、駒井くんだったから、よ、良かったけど他のクラスメートだったら今頃どうなってたんだろう、考えるのが恐ろしくなる。

駒井くんもその文章を読んで、それからもう一度あくびをした。

「めんどくさいね」
「っ、....う、ん」

めんどくさい、が俺に対する言葉なんじゃないかと思って息を詰めたけど、そうじゃない、と思いたい。他のクラスメートみたいなことを駒井くんは言うタイプじゃない、はず。
どうするんだろう、と大柄な駒井くんを見上げると駒井くんは、「寝よっか」と言った。え、また寝るの。さっきまで寝てたのに?
ごろん、と部屋の真ん中で躊躇いもなく寝転がった駒井くんを呆然と見下ろしていると、「寝ないの?」と言われた。

普段、誰からも、なんの誘いもない俺からしたら嬉しくて、見限られる前にうなずいて一緒にごろんと横になる。

妙な視界だった。普段見上げるくらい大きい駒井くんが目の前にいて、同じ高さに顔があるのは。

「笑ってみて」
「え、...わ」
「ほら」

前髪を掻き上げられる。普段から隙間で見る視界が一気にクリーンになった。まぶしいくらいで、それに怖くて、たまらず目をそらす。でも駒井くんに触られるのはまだちょっと怖いけど、他の人よりずっといいし、大丈夫だと思える。

でも笑うのなんて、何もないのに、無理だ。
頼まれたから何とか、むむ、と頬を動かし口の端を持ち上げて、わ、笑えてるのかな、と駒井くんを見ると駒井くんは「変なの」と言って小さく笑った。ほんとにちょっとだけ、目を細めて。変なの、の言葉が悪意の少しも見れなかったから、よかった。

でもちょっとひどい。

「そ、そんな変だった?」
「うん、変」
「そう、なんだ」
「笑わないとこのまま寝ちゃうけど...」

言葉をとめた駒井くんはまた、あくびをした。こっちを見ながら。
わあ。口大きい。なんか洞窟みたいだった。

普段は手でちゃんと隠している駒井くんが、こっちに顔を向けてそのままあくびしているのはなんだか動物みたいで新鮮だし、その口が思いの外大きくて、ちょっと面白い。しかもそんなあくびをしたついにはあとに、うー、と唸ったものだから俺はたまらず笑ってしまった。なんか犬みたい、変なの。

ガチャ。
開いた…。ひとまず、よかった。

「なんだ、笑えるじゃん」
「ご、ごめん」
「なに謝ってるの...意味わかんない」

その言葉にちょっとショックを受ける。ようやく前髪が下ろされたのに、鼓動がばくばく言ってる。どうしよう、嫌われた?

「ちょー眠いし、はやく寝よ」

え、まだここにいるの。まだ、俺といてくれるの。
そう聞きたかったけど、駒井くんはもう目をつむって、すう、と寝息を立て始めていた。はやい。

どうしよう、と思ったけど結局俺も駒井くんの横で目をつむる。それにちょっとほっとした。こんな部屋でも教室よりずっと心地良い。
変なの。

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