“この部屋は佐藤朝也が満足するまで出られません”

俺はその文字を見て、それから随分と小さくなってしまった朝也を見つめる。小さい時から既にその美貌はもはや完成の域に辿り着いている。
ただ子供だからやっぱり可愛い。6歳、7歳くらいだろう。

朝也は何が起きてるか分からないらしく、目をしきりにパチパチと瞬かせて首をかしげる。

「朝也?」
「にいさん?…なんかおっきい?」
「朝也が小さいんだよ」

呂律が回ってない朝也。それが違和感あるのか
何度も手を広げたり握ったり、手のひらを見つめてる。明らかに小さい。

「なんで?」
「分からない」

沈黙。
どうやったら小さくなるんだろう、そして元に戻るのか。不思議だ。

朝也はあのモニターを見た。この部屋から出るには、朝也が俺に甘えなきゃいけないらしい。そして満足するまで。

モニターから俺に目を移すと朝也は、小さな身体でとことこと近寄ってくる。それから俺の前にぺたりと座って、手を伸ばす。

「にいさん」
「ん?」
「手繋いで」

まず手を繋いで欲しいらしい。そんなので満足するのか朝也。
小さな手のひら。それが俺の手のひらにおそるおそる乗っかる。その小さな手をギュッと握ると朝也が小さく笑った。

「これでいいのか?」
「うん」

ガチャ

「…もう開いたけど」

部屋にはなかったはずのドアがもう開いている。え、朝也満足したの?手繋いだだけなのに。でもよかった、出れないんじゃ困るんだし。

「…じゃあ、行こう」

よしよし終わった早く出よう。
けど、繋いだままの手が立ち上がる俺を引っ張る。見下ろすと、朝也の大きな頭が横に振られる。え?

「まだだめ」
「え…開いたけど。多分朝也も元に戻れる」
「もうちょっと」

くい、と小さな力に引っ張られてまた座ると、膝の上をよじ登ってくる。
えー、せっかく開いたのに。

「ギュってして」
「?…抱きしめるの?」
「うん」

普通の朝也なら考えたが、小さいなら子供みたいなものだし、まあいいか、と小さな背中に腕を伸ばす。
なんかよく分からないけど、引け目があった。手を繋いだのも本当に何度か。母さんに頼まれてもそのほとんどを嫌がった。抱きしめるなんて兄弟ではやらないもんだろうけど、そもそも接触を拒んでいた。

「にいさん、あったかい…」
「そう、よかった」

もう過去には戻れないから、子供だった朝也の要望を飲むことは出来ないけど、今なら出来る。だから、よかった。

「あたま、なでなでして」

背中にあてた手をそろりと上に伸ばして、その小さな頭をそっと撫でる。柔らかい髪の毛は子供特有のものだ。
頭撫でて欲しいのか。意外と甘えん坊だ。母さんはよく撫でてたけどなあ。

「これでいい?」

こくり、と朝也の頭が上下した。
しばらく撫でていると、

「にいさん、…おぐにい?」

おぐにい。その響きは遥か昔に呼ばれていた名前だ。れ、の発音が難しかったせいだった。

「おお…なんか懐かしい」
「おぐにい…おれのこと、すき?」

大きな目が覗き込んできて、そこには縋るような気持ちが宿ってる。
好き?よく、子供のとき朝也にそう聞かれていた。あまりに冷たい俺に不安に思ったのか、俺にも母さんにも父さんにも聞いていた。
母さんも父さんももちろん、と頷いていた。子供の嫌いな両親なんてそういない。ましてや可愛いし、言うこともよく聞いた出来た子供だったから。

でも俺は違った。
俺だけが、無視してた。

「ね、ねえ…」
「うん」
「すき?ぼくのこと、すき?」
「好きだよ、朝也」

繋いだ手が、首の後ろに回ったもう片方の手がぎゅっと握ってくる。それから、すん、と鼻をすする音がして、小さな声で、よかった、と聞こえた。

ようやく、俺と朝也は部屋の外に出た。

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