“この部屋は二人羽織でシュークリームを食べ切らないと出られません”
「二人…羽織…?」
俺はこの部屋に何故か一緒にいる朝也と顔を見合わせた。
二人羽織が何かは知っている。やったことはないけれどテレビとかでは見かける。宴会とかでやったりするものらしいけど、社会人経験のある俺でもやったことない。
部屋の真ん中に座卓と座椅子。座椅子の背もたれには羽織らしきものが畳んで掛けられている。座卓の上には皿に乗せられたシュークリームがどん、と乗っている。
それをじっと見つめて、朝也に向き直る。
「二人羽織したことある?」
「ないけど、兄さんは?」
「僕もない」
2人して経験がない。二人羽織をするのはいいけど果たして本当にこの部屋から出られるのかな。…でもやるしかない。
「ええっと、俺が食べる方のがいい…?」
どっちのがいいんだろう、楽な方とかあるのかな。一応朝也に選ばせようと思ったけど朝也もわかってないみたい。
じゃあ俺が食べる方、朝也が食べられる方。
そうと決まれば、とさっそく羽織を開く。大きめに出来ていて濃紺。一目でわかる良いものだった。
それをまず朝也が袖を通して着る。そしてその前に座ると羽織の前を占めて、顔は出した状態。朝也は俺とそんなに背丈が変わらないから頭を小さく下げる。
「なんか…熱いね」
多少大きめに作ってある羽織でも2人用なわけがない。俺の背中がぴったり朝也の胸から腹にかけてついている。
密着度が半端ない。朝也の鼓動を感じるし、全身がポカポカしてくる。
朝也の手がそっと動いて、見えない座卓の上のシュークリームをペタペタと触りながら探していく。俺は手が出せないから、見守るだけ。
不思議な光景だった。自分の手のはずなのに全く違う人間のもの。
ようやく掴んだシュークリーム。それがおそるおそる持ち上げられていく。感覚が掴めないのか、顎の下の方に差し出されそうになったシュークリーム。
待って待って、と思わずパクリと食らいついてしまった。
「ん、ぐ…」
でもやっぱり位置感覚がおかしかった。シュークリームの一口目と食らいついたはずなのに朝也の指まで咥えていた。シュークリームの生地ともクリームとも違う柔らかくて弾力のあるもの。指とは気付かなかったから、歯を立てていた。
兄さん!といつにもまして切羽詰まった声。え?と思ったらその歯を立てたものが蠢いてギョッとする。
「ごめん」
「に、いさん…」
「指食べちゃった」
兄さん。背中に吐息がかかる感覚にぞわりとする。ただでさえ熱いのに。じんわり汗をかいてきた。でも羽織の中にいる朝也はもっと熱いだろうに、更に朝也がぴったりくっついてくる。
でもシュークリームはまだほとんど残ってる。
しっかり持ち直してまた上の方に持ち上げられる。今度は指を咥えないように…と気を付けて、一口、二口。
最後の残りを一気に食べよう、あむ、と咥えると重力で下の方に溜まっていたシュークリームの皮いっぱいに入ってたクリームがどろりと溢れた。溢れたクリームが朝也の指何本かにべったりつく。
けと、食べ終わった。
「あれ…開かない」
シュークリームは跡形もなくなくなったのにこの密室は開く気配がない。
「もしかして…このクリームも?」
朝也は手についているクリームのことを言っている。え、食べきるってクリームまで?
これを食べるには朝也の指を舐めることになる。血を分けた兄弟だろうが男に舐められるなんて嫌に決まってる。
「え、朝也舐めて良い?」
「…もちろん」
…もちろん?もちろんって何。どうぞどうぞってこと?いや、出るためならもちろん良いですってことかな、そうだよな。
朝也の細い指へ舌を伸ばしてなるべく、クリームだけを刮ぐように舐めるけど、ちょっと残る。むっとして結局べろりと舐めあげる。
クリームの甘い匂いにくらり、ときた。朝也の指の温かさと柔らかさ。
はあ、と朝也の熱い息が背中を撫でる。
「っ、」
息を飲んだのは朝也も俺も。
でも出ないと、の一心で指の間も残りのないようにしっかり舐める。ふと、弟に何してるんだろうって気持ちになった。
カスタードクリームが見えなくなった時、ガチャ、と開いた音。
そのあと羽織を脱いだ朝也としばらく気不味くなったのは言うまでもない。
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