「これ、甘くて美味しいぜ」

差し出された木ノ実は今しがた落ちていたところを拾われたものだ。軽く土を払って、ほら、と渡される。

「い、いま、拾ったやつじゃん…」
「食えるけど、ほら」

見本を見せるようにコールイはむしゃむしゃと食べている。時折ガリッゴリッという妙な音が聞こえる。どう考えても硬い、そんな音煎餅でも聞かないんだぞ。

「絶対むり」
「でも慣れなきゃもっと無理だ。この国のもんは多分あんたには硬いんだアマネ、硬いから食べないじゃ死ぬだけだ」

死んでもいい。
生活が違いすぎて、1時間も経った頃俺は既に諦めていた。寒さも風もあまり凌げない古い小屋に住んでいたようで、生活はとにかく貧しいらしい。食事も料理されたものではなく拾ったものをそのまま、それか焼いたり。無人島生活ってこんな感じなのだろうか。

俺には無理だ。

意固地で意気地なしな俺に、コールイは何とかなるからと何度も言ってる。

「俺んちがビンボーだからアマネも不安だよな」
「それは、」

貧乏より、もっと不安なことがまだ1つも解消されてない。この世界から俺は帰れるのか。コールイは分からないと言った。異世界から来る人間はいるが誰1人として帰っていないのだと。

「アマネ、帰りたいなら尚更今生きなきゃダメなんだからな」
「う、それは…分かってる」
「なら、ほら」
「で、でも…帰っても、駄目かも」

コールイの顔が何故?と語っている。
だって俺はニートだ。家族も除け者にしたかったに違いない。そんな俺が帰って温かく迎えられるか?多分、無理だ。
暗い顔をしていた俺にコールイはぐいぐい木の実を押し付けてくる。

「大丈夫だ。何とかなるから」

気休めの言葉だと思った。でもコールイの優しさを感じた。
ありがとう、と言おうと顔を上げたらコールイはひどく気まずそうに目をそらしていて、なんだか不思議だった。

コールイはこの国の地図を書いてやると拾った木の枝で地面に地図を書いてくれるという。歪な形でぐにゃぐにゃとした、アメーバみたいだ。真ん中に大きく丸を書いて、

「ここが王国。テンイン王国、この大陸を統一する王族が住んでる。で、ここがタイテン村ね」

ど真ん中の王国から右にずれ、限りなく端の方に寄った。どれくらい遠いのかイマイチ分からない。

「どれくらい遠いんだろ」
「あー…俺、学がないからわかんないな。でもだいぶ遠い」
「そっ、か…」

手のひらを2つ並べたくらいの距離だが、思ったより遠いのかもしれない。

「地図って紙ではあるの?」
「あるよ。俺んちはビンボーだから買えないけど、この辺だとそばの都市に売ってると思う」

コールイはやっぱり年が近かったみたいで、ニートの俺でも喋りやすい。威圧的な所もなく優しい。
でもたまにじっと見つめられて居心地が悪い。顔全体をジロジロと見る視線に目を伏せた。

「コールイ!あんたは働きな、金がないのは分かってるだろう!」

掠れた甲高い声に震える。コールイもびっくりして、慌てて立ち上がった。
コールイの母親はそばの小屋から声をかけてきたので姿は見えないが、あの縮れた髪と鋭い目つきが山姥みたいで正直怖い。

「お金ないのに、あの、ごめん」
「いいよ。でももうすぐ金が手に入るから」
「そうなんだ…」

1人増えたせいで、この生活はもっと苦しくなるだろう。でもコールイの家族は俺を受け入れてくれた。それに甘えている自分もわかってる。
でも、俺も働くとは言い出せなかった。

「ここで待ってて」

コールイはすぐ茂みの奥に消えて行った。
この家族の優しさは分かってる。でもコールイの両親2人がどうしても怖い。それに働くのは嫌だ。疲れるのも、嫌。
早く帰りたい。

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