ニートと聞くと良い印象を持たない人間がほとんどだ。当然だ。成人して学生を卒業したのに仕事に就かず、就こうともせず、親離れせずむしろ負担になる。
この春、ニート一年目を迎えた俺を親はしかたないと思って放置していたが、父親が病気で倒れたことで心を入れ替えてしまった。自分たちがいつ死ぬか分からないんだから早く独り立ちしろ、と。
むりむり、と首を振る俺に財布を持たせて家から追い出した。まずは外に出ることから始めろということらしい。財布の中には買い物メモがあった。それはもう文字がビッシリ書いてある。これ一回で買い切れるの?いつもポケットに入れてるフィギュアのアイちゃんを握りしめて、不安げにおそるおそる歩く俺は随分おかしいに違いない。

そのうち、雨が降りはじめ、俺はがっかりした。俺は自他共に認める雨男というやつで行く先々で雨が降る。もちろん望んでなった訳じゃないが嫌気もさす。雨男がもちろんニートの理由にはならない。
でも気持ちが憂鬱になった。

雨だけでは済まなくなって来た。何処からともなく大きな音と強い風が吹いてくる。ゴロゴロと神様の唸り声のように響いて、ドーンという音にびくびくした。もう帰りたい。
明日にしよう。明日なら多分いける。母さん父さんゆるしてね。

人は不安になって思い詰めるほど悪い方向に進んで行く。今思うとこのまま店に行った方が良かったんだろう。雷が怖くなって引き返そうという気持ちをきっと神様が怒ったのだ。
意気地なし、だからお前はニートなのだと。きっとそう思ったに違いない。

何が言いたいのかというと、激しい雷が俺に落ちたのだと思う。



「あんた、大丈夫?」

全身が鉛のように重く、瞼を開けるのすら億劫に感じた。あんた、あんたと言いながら肩を叩かれ、それが母さんの声じゃないと気付いた瞬間飛び起きた。
目の前には3人いて、男2人女1人。ボロ切れのような布を纏っている。男1人と女1人は俺の両親くらいの年齢で、もう1人は俺くらい…つまりは家族だろう。
でも何処の国の人?
顔立ちがまるきり違う。外人みたいだ。

「なあ、あんた?」
「え、ぁ、はっはい…」
「大丈夫かい?こんなところでどうした」

こんなところ、と言われあたりを見回すと俺はどうやら壊れかけの小屋のような狭い空間に無造作に座っていた。穴の空いたボロの壁の外に、瑞々しい緑を見た時、俺は「は?」と呟いていた。
え、森…?無心で歩いてたら森まで来たの?
意味わかんない。

戸惑う俺を見下ろす6つの目に、ニートらしくコミュ障を発揮しながら

「ど、ど、何処ですかここ…?」

吃りながらそう聞いた。
東京にもそりゃ森や林はあるだろう。でも俺の家は東京の都会のど真ん中だ。1日歩いたってこんなところまで来れるものか?
俺の予想は、そうだな…八王子とかかな。それが妥当だ。

「ここはタイテン村のそばの森だよ。あんたどっから来たんだい」
「た…?いや、ええと、ここ東京…?」
「トウキョ?そんな村聞いたことないね、あんた遠くから来たんだろ」

そう返事したのは俺と同い年くらいの髪の短い青年だ。服や顔は汚れているが人の良さそうな雰囲気がある。これ、陽キャじゃね…。
てか東京聞いたことないの?どんな田舎?ガラパゴスみたいな場所なのここ?

顔を真っ青にした俺に追い打ちをかけるみたいにその子はとんでもないことを言ってのけた。

「あんた多分違う世界から来たんだろ」

チ、チガウセカイ…?
いやいやいやいや!そんな夢みたいなことあるか?
多分違う、とぶるぶる頭を振る俺に可哀想なものを見る目をされた。
怖くていつもみたいにポケットにいれたアイちゃんを握る。アイちゃんはここにいた。そのことにとてもホッとしてしまう。
それに服装も少し汚れて破けているがそのままだったら。探ったら財布もある。中にはメモとお金が。安堵した途端じわじわと不安が浮かぶ。
確かにこの場所は知らないしこの人たちは明らかに日本人じゃない。
これは現実なのだとそれらが語っている。

「俺たちと一緒においで」

じわり、と目に浮かんだ潤いに優しい言葉がかけられた。

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