気分転換に街を歩いてみましょう、スイショウさんは朝、俺を起こすとそんなことを言った。
夜は大雨だったが今は小雨だ。俺は首を振ったけど、スイショウさんはどうしても連れて行きたいらしかった。

「王都の屋台は安くて美味しいのです。おそらくアマネさまの国にはなかったものがたくさんありますよ」

本当は行きたくなかったけれど、現代にはない食事や食べ物には心惹かれるところがあった。
それにこの部屋にいたって考えるのはあいつのことだけだ。ならいっそ気分転換も良いのかも。
けれどアマネって黒髪と黒い瞳、白い肌。それってすぐバレてしまいそうだけど。大騒ぎになっても怖い。

髪を摘まむと、この世界に来てしばらく切ってない綺麗とは言えない黒髪が目に入る。スイショウさんたちとは全く違うのだ。それにアマネは恵みだけじゃなくて、災害も引き起こしかねないような厄災になるかもしれない。お、襲われたらどうしよう。
いや襲われた方が、この国的には好都合なのかな...。

「アマネ様?変なことは考えないでください」
「え、あ...はい」
「染めてもらいます、髪の毛を。それから羽織を被ってもらわねばなりませんが、それで街に出ることが出来るでしょう」
「そ、それってすごく」

目立つのではないだろうか。
俺の世界でそんなことしてたら若干不審者だ。でもフード被るようなものなのかな。

どうなの、と疑う俺にスイショウさんはいえいえと頭を振る。

「目立つのは護衛がつくので仕方ありません。ただ高貴な方々がお忍び...と言いますか、忍んではいないのですが街に出かける際はそうやってやるものなのです。誰か分からないようにして護衛を周りに配置するものなのです」
「そうなんですか」
「王都では珍しいことではありませんよ」

スイショウさんは嘘を言っているようには見えなかった。そういうものなんだ。

「行きますか?」
「うん...」
「良かった。ではまず髪を染めましょう」

道具は持ってきていたらしく、それを床に広げているのを覗き込む。さらさらした液体だ。こんなので染まるのだろうか。コールイのお父さんの持ってるのより上質そうではあるけど。

「これは肌や髪の毛を染めるもので、丸1日の効力があります。1日過ぎると、水分が乾燥し元々の砂に戻るのです。さあ、まず腕を。衣類から見える場所には塗っておかないと、肌の白さでバレてしまいます」

スイショウさんは慣れた手つきで俺の腕をとった。けど、塗り広げる前に手を止める。
なんだろう。

「勿体ないです、1日とはいえこの白い肌を...いえ、何でもありません」
「俺の、国では化粧で肌を白く見せたりするんですけど、そういうのって」
「この国で肌を白くぬるのはあり得ませんよ。神への冒涜とされます。髪を黒く染めるのも、そもそも黒という色を身に纏うことも許されません」

染料はスイショウさんたちの肌と似た色で、薄茶色い。手のひらもスイショウさんに丁寧に塗られ、首回りは自分でと手のひらに染料を落とされる。専用だからかムラもなく、肌に馴染むのは素直に関心できる。母親は化粧が得意ではなかったから塗りムラがどうのとか上手くいかないとかよく言ってた。そんな息子の俺でも上手く塗れているのが鏡に映る。
背後に回ったスイショウさんはまた、髪の毛を手にして1度手を止める。

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