「...なんと、美しい。光栄ですアマネ様」
「は、はあ。でも傷んでると思うんですけど」
「いえ。艶やかで手触りもよく、何よりこの色が。幸せ者です私は」
「そんなに...?」
「それを、1日といえど染めるのは心が痛くてなりません」

鏡に映るスイショウさんは本当に深刻そうな顔をしていた。染めるだけなのに、しかも元通りになるのに。
この国は変だなあ。スイショウさんが俺の世界に来たら黒髪白い肌ばかりで失神するんじゃないだろうか。おそるおそる触れてくる手がくすぐったくて、身をよじるのを我慢した。それくらい、そっと触れた手。

みるみるうちに髪の毛は染まる。色濃い茶色だ。染めるのははじめてだったから初体験でどきどきする。雰囲気が変わるし、別人とまで行かなくても野暮ったい雰囲気はない。

「お似合いです...黒髪もお似合いですが、こちらも」

お世辞だとはおもうけど、嬉しかった。

着替えを手伝ってもらって、上から外套を羽織る。準備が終わった、と告げたスイショウさんにふと不安が。肌も髪も変わったし、羽織っているけれど変わってない場所があると。

「あの、目は」
「そればかりはこの国の技術ではまだ。なるべく深く被るしか方法はないのです」
「そう、ですよね」
「アマネ様のお国では、目を染める方法が?」
「染める、というか...目の中に薄い膜を入れるんです。そうしたら目の色が変わるんです、外したら元に戻るけど」
「そうなのですね。素晴らしい技術です」
「染める以外にも、目の悪い人の眼鏡の代わりをしたりします」

もう一度スイショウさんは素晴らしい、と言った。さすが、と。俺が作った技術じゃないけど、褒められたみたいで嬉しい。

「アマネ様の雨を降らすお力だけでなく、アマネ様の知識もこの国ではとても重宝されます。目の中に入れる薄い膜、今度工部や医者の方にも話してみましょう」
「え、あの...俺、どうやって作るとかは」
「今作れずとも将来的には、もしかすると他のものに役立てたり出来るかもしれません。目の悪い者は剣を持つことを禁じられていますが、それも変わるかもしれません」

そうしたら、それはとても良いことなのかもしれない。いや、きっとそうなんだ。スイショウさんは微笑んで、さあ、と促す。
俺の心の底に燻る不安を見抜かれていたのだ。国王と交わって天候の調和が取れたら、俺はもういらないのかも。そんな不安を。

部屋から出ると、丁度廊下の奥から何人もの男の人が現れた。
どれも体格が良くて、見上げるほど背が高い。まるで国王みたいに。全身がぞわりと震えて、思わずスイショウさんの影に隠れていた。

「準備が整いました。アマネ様、皆さんが今日護衛についてくれる方々です」

外套からそっと見つめると、何人かと目が合う。でかい、と驚く俺よりこの人たちのが驚いたみたいで、目を見開いて、それから膝を皆一斉についた。
多分、アマネだから。目が黒いのが見えたから。だから膝をついている。どうしてもそれは慣れそうにない。どうしたらいいのか分からなくて、俺はおろおろとスイショウさんがどうにかしてくれるのを待っていた。
でもスイショウさんはそう甘くはなかった。

「アマネ様、どうかお声を掛けてやってください」
「え、な、なんて?」
「それはお好きなように」

そんな無責任な。もし俺の言葉が気に入らなかったら襲い掛かってくるのだろうか。そんなことはないと思いたいけど、どうだろう。怖い。
でも下げられた頭はぴくりとも動かない、多分俺の言葉を本当に待っているんだ。

「よ、よろしくお願いします...」

ゆっくり上げられた頭。また視線が合ってしまったけど、その瞳の奥はスイショウさんみたいに尊敬の念と穏やかさを含んでいて、ほっとした。良かった。

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