ぐう、とお腹が鳴る。もう意地なんだと思う、スイショウさんはすっかり困りきってお願いですから、と若干呆れたように言ったけど頑なに首を振った。散々嫌がったのに、今更後に引けなくなっていた。

食事を拒んで、夜寝る前は元いた場所とアイちゃんを思い出しては泣いていた。なんて湿度が高いんだろう。雨の降り続ける外より高いに決まってる。
スイショウさんは、さっき土下座してせめて包帯だけは代えさせてください、と言った。あの逃げ出した日、草木で切り傷を作っていた。中にはちょっと深いものもあって何箇所かは包帯を巻いていた。

まさか土下座なんてされると思わず、飛び上がって、包帯だけならと吃りながら告げた。

「やはり傷が開いて…お可哀想に」
「う、あっ」
「沁みますが我慢して下さい」

包帯を解くと、血が滲んで傷が開いていた。細かい切り傷はもうほとんど治ってるけど、大きな傷は治るどころか、未だにじくじくと痛んでいる。ずっと、痛いと思ってたけど改めて傷を見ると余計に強く痛みを感じる。
スイショウさんがおそるおそる薬を塗るとピリピリして、毟りたくなるのを我慢した。よっぽど苦痛そうな顔をしたのか、スイショウさんは申し訳なさそうに眉を下げていた。

新しい包帯を巻き直した箇所を痛ましげに見つめるスイショウさんから、腕を隠すと突然頭を床につく程に下げた。あまりにも勢いが良くて、ごつ、という鈍い音にギョッとする。絶対今ぶつけた!

「アマネ様、どうか陛下をお許しください」

スイショウさんの勢いに慌ててた気持ちが急激に冷めていくのを感じた。
許す、って何をだろう。スイショウさんは何だと思っているんだろう。

知らない世界で、意味のわからない話をされて、自分より大きな体躯の男にのしかかられる。思い出すだけでも身体の芯が震えるような一夜だった。
この世界で過ごした日々を支えたものを壊された夜。

でも、そんなことを忘れるくらいスイショウさんの真っ直ぐな瞳に見つめられる。その目は俺を傷付けることはしないのだと、安心させる誠実さがあった。

「陛下はこの国を背負う方として立派な方です。水不足に飢える国民誰もが口を揃え素晴らしいとおっしゃる方なのです。アマネ様への行いもまた全て民のため…そのせいで、アマネ様が軽んじられることはありません」
「…ひどい」

例え、国のため人のためだとしても、あの夜されたこと全てを許せるほど俺は心の広い人間じゃない。それを許せと言わんばかりのスイショウさんの言葉はただただ、俺にとって酷いものでしかない。
聞いても無駄だ、そう思って広いベッドに逃げた俺に更にスイショウさんは言葉を重ねる。

「アマネ様はこの国に恵みをくださる方です。雨は我々にとって憧れでした。あの空からどうしたら水が落ちてくるのか、本でしか見たことのないものです。恵みの神に会うのを楽しみにしていたのは我々だけでなく、陛下もです」

恵み、神。本当に俺への言葉とは思えなかった。ただ雨男なだけ、それだけ。神様の力とかそんな大それたものじゃない。元の世界じゃ嫌われる人間だった。

手のひらに無残にも壊されたアイちゃんを握る。憧れだから、恵みだから、国のためだから、そう言っておけば簡単に許すと思っているんだろう。

この国に必要とされている。そう言われた時は嬉しかった。雨男でも必要とされる時が来るなんて、こんな誰もいない異世界で唯一救われたと思った。
例え陛下が怖くても、そうしなければいけない理由が相手にあるのも理解が出来た。あの夜はただ耐えるだけだったけど、国のためなら仕方ないのかも、と。

壊された時、それが故意じゃないことくらい分かった。頭に血が上ったけど、見せしめに壊したわけじゃないのは分かってた。

「…俺は謝って欲しかったんです」

それだけだった。

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