叫び疲れて、泣き疲れて、そのまま寝ていた。喉が乾いた感触が少し痛くて、顔をしかめるけど、昨夜のことを思い出す。
しばらく震えが止まらなくて、柔らかい毛布を何度手繰り寄せても壊れたロボットみたいにずっとカタカタと震えた。
胸に抱き込んだアイちゃんは笑顔のはずなのに悲しく見える。泣いてるんじゃないかって。かわいそう、かわいそうで仕方なかった。

このまま起きなければよかったのに、とスイショウさんに起こされてすぐ思った。

窓の外は朝なのか昼なのか。雲が空のはるか遠くまで伸びていて、陽の光は見えない。
今何時なんだろう、でもそんなこと関係ないしどうでもいい。俺の心はこの空くらい、晴れる気配のないものだ。
視界の端で、スイショウさんは明らかに心配げにこちらを見ていた。多分泣きすぎて目とか腫れてるんだろうと思う。別にヤられたわけじゃない、貞操は守れたし。
代わりと言わんばかりにアイちゃんは簡単に、痛々しく、壊れたけど。

この世界は、多分技術的なものはあまりなさそう。昔の外国みたいな、王宮とかがあるだけで、車も電気というものもない。このアイちゃんの素材は多分この世界にはないもの。

だからアイちゃんは治らない。

「アマネ様、ご昼食の準備が整いました」
「あの…い、いらない、です」
「ですが、」
「お、お腹、減ってないんで…」

すみません。困った顔をするスイショウさんに謝っていた。でもこの人が困った顔をしているのは俺がアマネという特別な存在だと信じているから。その世話とかしなきゃいけないから。
俺を、本当に心配してるわけじゃないから。

本当はお腹減ってる。昨日あまり食べないまま泣いたせいで体力を消耗してる。でも薄い腹がいくら訴えても、俺は食事は喉を通らないと思った。
多分、母親の少し冷めた、テーブルに置かれた彩の悪いあのご飯なら簡単に食べれると思うけど。

何かありましたらお声掛けください、と言ってスイショウさんは気がかりそうにこちらを見つめながら下がっていく。
よかった。肩の力が抜けて、ふかふかのベッドに全身を預ける。

「あいつが悪いのに」

襲って来た男。大きな身体と氷柱のように鋭く冷えた眼差し。無遠慮な物言い。スイショウさんたちは、あ、あんなに俺のことを敬って、アマネ様とか呼ぶくせに、あいつは違う。

仕方なく、そんな言葉を思い浮かべているのが目に見えて、伝わる。
このまま雨が降り続ければ土砂崩れ。そうなれば国民を危険に晒す。だからアマネと交わって天候を落ち着かせるために、仕方なく、だ。

じゃあ抱かれたらどうなるんだろう。そんなこと考えたくないけど、もしそうなったら天候は落ち着いて国はハッピーエンドってやつなのかな。俺は一生家族のところに帰れないのかな、アマネ様アマネ様とか呼ばれてこの国で暮らさなきゃいけないのかな。

そんなのひどいし、ずるい。
それにムカムカする。

ちらりとスイショウさんが消えていった扉を見つめる。どれだけお腹が空いても食事はとらない。そうしたらきっと雨は止まない。無理に身体を繋いでもこの雨は止まない、そんな予感がした。
食事を摂らなければきっと困る。スイショウさんたちは。

困ればいいのに。

衰弱していく俺にあの男はどうするんだろう。あいつも困るんだろうか。そうなればいいのに。

そんなことばかり気にする自分が嫌になる。性格悪い。なんでこんな捻くれた性格なんだろう。

アイちゃんを抱きしめる。
そのくせ、アマネ様と呼ばれることが、アマネとしてこの国に必要とされていることが、前の世界にはないことだったから、ほんの少し嬉しいと思ってしまう自分が死にたくなるくらい、嫌いになる。

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