陛下、とスイショウさんは呼んだ。
ヘイカ、という言葉は倒れる前に何度か聞いた言葉だった。騒がしいあの中で短く繰り返された言葉。その時は何も思わなかった。聞きなれなかったからだと思う。

呼ばれて現れたその男に俺の心臓がドクリと鳴る。
怖い。
全身を襲ったのは恐怖だった。倒れる意識の中、最後に見た男だ。こいつがヘイカ。国王、陛下。

「アマネ、か」

低い美声だった。アニメの声優にいそうなくらいいい声。でもそんなの気にする余裕がないくらい、全身の毛がよだつ。
切れ長の目が観察するように俺を見つめてる。多分髪と目を交互に見つめている気がした。

「下がれ」
「は、」

スイショウさんの方をチラとも見ずに命令した。スイショウさんが好きなわけじゃないけど、2人きりにしないで欲しいと喉元まで出かかった。襲われているわけでもないのに、助けて欲しいって。

こわい。

いなくなったスイショウさん。テーブルにあった2つの椅子のうち1つに優雅に腰掛けるヘイカ。目の前に、来た。

「余はお前を待っていた」

喉がからりと乾く。

「まず、そなたのことを、アマネのことを説明せねばならぬ」

ぎらりと輝く瞳。それは怯える兎を追い詰める獅子みたいだった。

「この国は雨の降らない国、テンイン国。故に常に水不足に悩まされる。しかしテンイン国にはたびたび現れる神の化身がいる。その神は雨を降らすとされ、ある日雷雨と供にこの王宮に降りてくる。名をアマネと言う。特徴は黒髪に黒瞳、白い肌。この国では神のみが持つものとされる」

黒髪も黒い瞳も、白い肌も俺の国には、当たり前のようにあったもの。俺の両親ももちろんそうだった。
コールイもその両親も確かに色は違った。でも3人だけだったから自分の色が、コールイのお父さんに言われるまでこの国では珍しいものと分からなかった。珍しい以上に、特別なものだなんて。

「水不足が解消されると国は栄える。だが、アマネの権現だけではまた新たな問題となる。アマネがいるだけでは雨が降り続け止むことはない。川は氾濫し山は崩れ始める。村が飲み込まれることもある。畑作は上手くいかない、そうなれば家畜も上手くいかない。食料不足に繋がるだろう。ならば、どうするか」

陛下の薄い唇が一度閉じる。

「この国の国王は雨を降らす神の化身とは対をなす太陽の化身と言われる…言わずもがな、余のことだ」

おれが、神の化身で。目の前のこの人は、太陽の化身…?
何そのファンタジー。ネットで素人の書いた物語みたいだ。頭の処理が追いつかない。疑問が浮かんで、浮かんで、解決する前に溢れていく。

「文献によるとそなたと余が交わることでこの天候も調和がとれる。そうしてはじめて栄華の時代に突入する」
「ま、じわ…?え、…あの」
「そなたに拒否権はない。アマネの身体を差し出すが良い。それ以外のことならばどのような望みも叶えよう」

意味が、分からない。

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