アルファとオメガの関係に思えないのは、春峰の気のせいではないだろう。それはこの少年がマフィアだからなのか。
身の丈に合わない綺麗なスーツに身を包み、居心地の悪そうにそわそわする春峰。これが初めてでないのに、慣れないのは仕方がない。

春峰は普段は少年の自宅であるこの高いビル内での少年のお世話をしていた。シワひとつないスーツは手触りもよく、まだ幼さの残るひよっこ大学生の春峰にはどうしても似合わない。

ーーなんで着せるんだろう。

春峰の手のひらをきゅっと握って少年、春峰の支配者はにこにこと微笑んでいる。

「春峰、今日はテストで良い点を取りました。褒めてください!」

このビルは確かにマフィアの根城ではあるが、それを隠すために社員や警備員のほとんどが一般人だ。そして少年はこのビルの会社の社長令息といった設定だ。
春峰はその少年の付き人とでも言うのだろう。

「流石です、あの…ええと何したら」
「頭を撫でてください」

可愛らしくわがままを言う少年に、戸惑いながらも従う春峰。そんな光景にしか見えない。実際は番いになったオメガとアルファ。そこには天と地ほどの上下関係がある。

柔らかな髪もふんわり赤く色づく頬も、小さな身長のどれもこの少年がとてもマフィアを統一しているようには見えない。

「今日の夜は昨日の本の続きを読んでください」

通りがかった社員に聞こえるような声で少年は言う。そう言えば幼い子供の可愛らしいわがままに聞こえるからだ。
昨日の本の続きなんてない。そもそも本なんて読んだことはない。少年の部屋には確かに子供用の本はあるがそのどれも新品のように綺麗なのを知っている。



スーツを脱ぐと一気に開放感がやってくる。けれどそれは一時的な感覚だ。
スーツを脱いで風呂に入って心地のいい布の服に身を包む1時間もない時間だけが春峰が深く息を吐ける時間だ。
着替え終わったらすぐにでも主人の元に行かなければいけない。

ここに連れてこられてすぐの時、髪も乾かさないで主人の元に行ったら怒られた。

曰く、お前は私のものなのだから風邪を引くことも許さない。

それ以来髪を乾かして体を冷やさないよう服もしっかり着込むようにしている。あの時の少年は怖かった。

全ての準備が終わった春峰は主人の部屋の扉を叩いて、許可の言葉が降りてくるのを待つ。

「どうぞ」
「し、失礼します」

使い慣れない敬語を使うだけで微かに吃る。それが恥ずかしくてたまらない。

入ると大きな寝台の上に寝そべる主人の姿があり、そのそばまで歩みを進める。主人の手が布団の上から伸びてきて腰に絡みついて、その手に力が入っていなくても春峰の体は崩れ落ちて広い布団に落ちた。

「今日は昨日より1分と20秒遅かったですよ。何を考えていたのですか」
「あなた、様のことを」
「そうですか」

腰に巻かれた手は春峰の嘘を笑うように蠢いて、くびれをなぞる。

本当はもうずっと会えていない家族のことを考えていた。1日のうち、あの時だけが春峰が主人以外を考えられる時間だから。
けれど主人は許してくれない。
噛み付かれた頸に、つぅーっと触れられる。そこに爪を立てられるとゾクリと身体が震える。主人だけを考えない愚かな春峰に、主人は気にくわないのだ。

「まあ仕方ないですね」

仕方ないと言いながら生ぬるい主人の掌が春峰の服の中に潜む。

「あなたはまだ勉強が足りていませんから」

勉強。そう言いながら毎夜毎夜主人はこの世界に疎い春峰に話を聞かせる。他のマフィアだったり組織だったり。平和だと思ってた世の中の裏側は真っ暗だった。そう思わせるような血みどろな話だったり、おかしな話だったり。
そんな話を春峰に聞かせる理由は至極簡単なことだ。

春峰とその主人が歩む道はもうそんな血みどろなことがいつ起きてもおかしくないところだった。

この世界に染まったらもういつか家族のことを忘れてしまうのか、春峰は苦しくなった。

「今日はアメリカの太陽を盗んだ組織の話です」

大きな寝台の肌触りの良い布団の上で、穏やかに話す内容ではない。気まぐれに身体をなぞっては震える春峰の身体を弄ぶのが楽しいだけなのだろうこの主人は。

「黒人差別で当時のアメリカは天国と地獄しかない国でした。生まれた時に既に運命が決まると言われていて、生まれた子供の運命を哀れんで心中した黒人ばかりだったようですね。そんな年が100年以上も続きました。政府も法もテレビも白人を人と認め黒人を獣と表現したほどです」

内容は半分頭に入ったか、くらいだった。主人は話すことと春峰を弄ぶこととの両方をしていた。そのせいで春峰は時折小さく喘いで、大きな寝台で身をよじったりと忙しない。

そんな様子を面白そうに年下の少年に眺められているのが春峰は恥ずかしくてたまらない。
息子とは言えないが弟とも言えないほど歳が離れてる。どれだけ今後主人に飼いならされても慣れる気がしない。

そんな春峰を知ってから知らずか、いや知っているだろう。確信犯で、楽しそうに笑みを浮かべる主人にの小さい指先が服の下に隠れた尻たぶと太ももの間を撫でる。
はあ、と熱い息が漏れる。

「そんな明けないアメリカの夜に終止符を打ったのは124代大統領。初の女性大統領です。彼女はアメリカの太陽と呼ばれました。暗黒に包まれた国を数々の政策で晴らしていったのです。まるでよくできた映画のように、簡単に、容易く、あっという間に」

初の女性大統領。その言葉はもがく春峰の耳にも残った。世界史でもしょっちゅう登場する歴史的偉人でもある。テスト範囲にも散々出た。彼女の行った政策について。
顔写真も貼ってあって、誰もが見たことのある顔に違いない。白人にも関わらず、最終的には白人以上に黒人の支持も受けた。
短い任期にも関わらずアメリカ史上最も影響を与えた人。太陽の女性。そして、

「アメリカの夜を明かしてすぐ、彼女は消えました。煙のように、追っ手の指をすり抜けて。生死は不明。とある組織が明るみに出ました。その組織によって誘拐されたのです。今もなおFBIを始めとしたアメリカの組織はその行方を追い続けているのです」

その内容に納得する余裕もない。もがく春峰を追い詰める指先は身体の上を踊るように撫でる。
その度に息が上がってしまう。まるで発情を促されたみたいに。

「私からしたらつまらない組織ですが」

そう言って話を切る。話のほとんどを聞いてなかった春峰は囁くような声で許しを請う。

それに口角を上げて微笑む少年。少年の笑みは空に浮かぶ三日月のように、不敵だった。

「許しが欲しいですか」
「は、い」

弄ばれた身体。熱を帯びている。これ以上は、やめて欲しいと春峰の潤む瞳が語っている。
頼めば許してもらえるだろう、という希望の光が消える瞬間が少年が世界で1番満たされる瞬間だった。

「ではあなたから口づけなさい。まずは、手の甲に」

春峰は小刻みに震えた。許しなんて嘘だったから。けれど逆らえず、自分の身体を緩く撫でていた手のひらをゆっくりと持ち上げる。
滑らかで白く小さな手のひら。これが春峰を翻弄していた。こんな小さな手のひらが。

唇を落とすと、次は心臓と声がかかる。
寝間着のボタンを外す。何度か上手く外れないと、小さく笑われ、顔が赤くなる。ようやく現れた胸。小さな乳首の少し上に唇を押し当てると、鼓動が聞こえた。

鎖骨、頬、額と言われるがまま口付ける。頬に口付けた後、少年は無言だった。けどそれが最後ではないと春峰も分かっていた。
春峰は少年の冷たい視線が肌を撫でるのに耐えきれず、目を閉じてそのまま少年の唇に押し付ける。少しズレた。けど関係なかった。

ぬるりと入ってきた舌。あんなに冷たい視線なのに、舌は火傷するんじゃないかと思うくらい熱く感じた。

「ん、んぅ…」

息も言葉も全て飲み込まれて攫われる。
苦しそうな表情を少年は楽しんでいた。年上の男が頬を赤らめて抵抗もしないで溶かされていく様は実に無様で官能的だった。

少しして唇を話すも、鼻先はくっついたまま。

「鼻で息をしなさい、春峰」
「は、あ…っ、」

直接吐息がお互いの唇にかかる。
初心でいつまで経っても慣れない春峰を少年は気に入っている。
こくり、と首を縦にして肩を上下して呼吸する春峰に再び喰らい尽く。

ねっとりと舌が絡まって、くい、と引っ張られる。どちらのか分からないくらい唾液が混じり、互いに身体の熱が高まっていく。

歯列をなぞって、何度も舌を絡ませて、ようやく唇を離す。しっとり濡れた春峰の色の薄い唇を最後の一口と言わんばかりに舐めると、細い糸を引く。

ぐったりとした春峰は自分より小さな身体に縋り付いて必死に息を整える。頭が真っ白。

少年は春峰の体を撫で、その下穿きに手を差し込む。しっかりと熱を持った春峰のペニスを優しく掴むと何度かこすった。

それだけで春峰の身体は痙攣して、小さな叫び声をあげる。

「あ、ぁっ…ひ、ぃッ」

どくんと吐き出された熱は少年の手のひらに受け止められる。それをじっと見つめると、小さく舌を伸ばす。
飲めれたものではなかったが、それが春峰のものなら少年は許していた。

春峰はぼんやりと少年を眺めてそれから、擦り寄った。それを抱きしめると2人で眠りに就く。

窓から覗いた月は、不敵に笑みを浮かべ2人を見下ろしていた。

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