妙な人間というのは何処にでもいる。普通だと思ってたら意外に変な奴。

クラスの犬飼は、見た目こそ普通な男だが馬鹿みたいに犬が好きだ。いや犬以外の動物も好きだ。動物というものをこよなく愛している。ちなみに動物の中でも人間には興味ないらしい。
寮の裏手の管理人の畑にいる柴犬を見ると蕩けそうな顔をしてる。10分間の休みに走り出して寮に行って柴犬に触れ合って戻ってくる。寮までは大体走って4分以上。ほとんど触れ合う時間は無いに等しい。でもその何回か撫でるために全力を尽くす犬飼は変人だ。

そして、そんな犬飼を好きになった俺も変なのかもしれない。

恋は盲目なんて言葉がある。人間以外の動物を好きになった男に好かれたいあまり、俺は犬飼に催眠術を掛けたのだ。

「おはようタマ」

俺の名前は玉内、そこからタマと取った。犬飼は今俺のことを犬だと思ってる。そういう催眠術だから。てか犬なのにタマって。
耳の裏を撫でて、顎を擽られるとぐるぐると喉が鳴ってしまう。

「…おう」
「可愛いなあタマ、おいで」

朝の誰もいない、俺と犬飼だけがいる教室で俺は犬飼に何度も頭を撫でられて、嬉しさのあまりにやけそうになる。
頭を寄せると鼻にキス。犬がするみたいに、ぺろと犬飼の唇を舐めると、甘えん坊だなあと笑われる。

「タマぁー…」
「…わん」

もちろん、わん、なんて鳴かなくても犬飼にとって俺は犬だ。俺だけが特別だ、人間なのに犬飼に好かれてる。…催眠術のせいだけど。
少し伸びて来た髪を撫でられて、頭をすり寄せる。そのまま後頭部に回った手が俺を引き寄せて。高鳴る鼓動を抑えて。

柔らかく触れ合った唇に心臓が飛び出そうになる。ぬるぬると行き来するベロに絡めて、朝から濃厚な触れ合いにくらくらする。恋人みたいだ、こそこそして、隠れてキスして。たまらない。

そのままクラスメイトが来るまで、いつまでもいちゃいちゃの幸せな時間を過ごした。



俺が催眠術を掛けてから、犬飼は休み時間は教室で俺のことをじいっと見つめて太ももや首裏や腰を撫でてくる。誰かにバレるかもというハラハラ感もあって、俺はその手を甘んじて受けていた。それに、嬉しいし。

昼休みは犬飼の作った弁当を食べるようになった。
人気のないベンチまで歩く道のりで犬飼はいつからか他の動物に話しかけたり撫でたりすることはなくなった。今までは全ての動物を平等に愛していて、カラスだろうが猫だろうがネズミだろうが触ろうとしていた。寮の管理人の柴犬を見に行く最中にスズメが集まっていてそれを見るのに夢中になって遅刻したことがある男だ。
見境がないとも言える。

そんな男が今一心に俺を見つめ続けている事実が、ジワジワと心を満たして行く。

「今日の餌はね、からあげと卵焼き、梅干しはタマ嫌いだもんね。僕が食べるから残しといてね」

残しといて、と言いながら犬飼は手のひらに唐揚げを乗せて差し出してくる。それに顔を寄せて、手を使わずに齧り付く。うまい。
いい子、とでも言うように顎を擽られてゾクゾク。

「美味しい?」
「うまい」
「よかったー、はい卵焼き。チーズ入れたやつ好きだよね、ほら」

また手のひらに乗せて差し出してくる。犬飼は右手で箸を掴んで自分の弁当を食べ、左手で俺に餌付け。なんとも器用なことだ。
あ、愛があるからこそ成せる技なのかもしれない。…恥ずかしい。

卵焼きを噛むと、卵とチーズの甘さが口に広がり、柔らかい感触の余韻に浸る。

「タマが喜んでくれると思って練習した甲斐があったなあ」

そう、はじめはド下手な料理を詰めて来た。焦げて苦くてなんとも言えない味だった。それから随分成長したものだと思う。
今はめちゃめちゃ美味い。
切り干し大根をむしゃむしゃ食べながら、甘い味付けに手のひらに残った汁を思わず舐めていた。
擽ったいなあと言いながらも嬉しそうだからもっと舐めてやる。

よだれだらけの手のひらに満足を覚えると同時に腹が満たされた。

「美味しかった?タマ」
「…わん」
「あはは…タマは馬鹿だなあ」

なんだバカって失礼な。

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