ここはカティアの森。数多の魔物の住む闇の森と言われ、寒暖の差が激しい地で、魔物の中でも住むモノを選ぶ。死にたがりではない限り人などは入らないし、入ったら最後出ることは不可能と言われている。
その闇の森に住む種族に、ガラテナと呼ばれる毛が長く、硬く分厚い皮膚を持つ狼にも良く似た大きな魔物が住んでいる。獰猛で縄張りが強く群れで活動する魔物。一体ならわだしも、複数体のガラテナを相手にするのは大抵の魔物では死を意味する。巨躯にも関わらず早い動きと地面を抉る強い力を持ち、この森全体に蔓延る。

しかしこのガラテナという魔物、実はオスしかいない。そのため繁殖の際には他の魔物や人間などのメスに卵を産み付けて子孫を残す。
この時期の独り身のガラテナは群れから離れて繁殖期を迎える。朝から夜まで果てなく嫁探しに出かけ、見つけた嫁に生涯愛を誓い卵を産ませる。
そう…このガラテナという魔物、実に一途であった。

ここに、一体のガラテナがいた。若くこの辺りでも一際大きなガラテナで、この森の主になるのではと言われている。繁殖期を迎え群れから送り出されたばかりで、ギラギラとした目で今まさに生涯の嫁探しをしている最中だった。
歩くだけで地鳴りがし、近寄る前に誰も彼もみなどこかへ逃げて行く。しかしその鼻と耳でどこかにいる嫁を探すため今日もこの広大な森を移動する。

そんな柔らかく長い毛に包まれた若いガラテナは、ふと、毛がざわりと蠢くのを感じた。獣の本能だった。

そして、走り出す。大きなガラテナに皆どの魔物も慌てて道を開けていく。目の前を遮ったら最後、踏みつけられて潰れるか鋭い爪で喉を抉られるに違いない。
そんな恐れなど気にせず、風を切って毛を靡かせて走り続け、そうしてその先に見つけたものにようやく足を止める。

人間だった。
ここはカティアの森。こんな場所にいるような生物じゃないのに、いやこんな場所では生きてはいけない生物だ。
巨体のガラテナより遙かに小さい、人間。白く柔らかそうな肌。小さな頭はガラテナに踏みつけられれば最後潰れてしまいそうなくらい。
ガラテナは顔を近づけるとくんくんと匂った。旨そうな匂いだ。瞼を下ろしたまま、はあ、と呼吸が苦しそうで、寒そうにカタカタと震えている。辛そうだった。ひどく弱っている。可哀想に。

そして、可愛かった。

ガラテナは決めた。決めるや否やガラテナはこの広いカティアの森の端から端までに咆哮を轟かせた。何かを知らしめるように。
それから人間の服だけを器用に咥えて落とさないように走り出す。

旨そうな匂い。
嫁だ、嫁だ、これは間違いなく俺の嫁。連れて帰る、孕ませる、俺の嫁。

興奮させながら走るガラテナは自ら用意してある洞窟へ、自分の巣に急いで連れて行った。



社会的地位の低いオメガが、こんなアラフォーになるまで相手もいないとなると、結構どうしようもない。なんせ、この年までヒートに悩まされる。相手がいないのにひたすら身体が熱くなって、馬鹿みたいにバイブにお世話になっている。
孤独だ。寂しいし、つらい。それから情けない。

そんなことを思う毎日。

仕事が出来ないせいでこの年まで下っ端で、仕事が終わらなくて残業して、こんな遅い時間になってしまった。

前日はあいにくの土砂降りで、道路の真ん中に水溜りがあった。暗かったせいで、あ、と思った時にはその水溜りに足を突っ込んで。

「う、わッ!」

ずるり、と引き込まれていた。
そして気付いたら俺は、朦朧とした意識ですごい速さでどこかに連れ去られている、そんな感覚。何で、どうして、仕事帰りだったのに。というかぐわんぐわん揺れて気分も悪い。
なんでこんなことに。その疑問は解決しないまま、同時にヒートを起こしていた。忘れていたし迂闊だった。今までこんなことなかったのに。薬も飲んでないのに、このままいくと匂いに誘われたやつにヤられる。
この年まで気を付けていたのに。

ようやく速い何かは止まって、薄暗い場所に入る。

ひゅるるるるるる。

突如耳に入ったその音は壊れた玩具のようで、聞いたことのない奇妙な音。それが何度も反響して、いつまでも聞こえた。なんとかその音源の方へと顔を向ける。重い身体を引きずるようにして。

そうして、薄暗いが、確かにそいつはそこにいた。

白い毛並みと身体のすぐ横にあるでかい爪のでかい足。目は爛々と輝いている。あまりにも大きくて、バケモノで、これは一体、なに?

ひゅるるる。

この音は、こいつの、鳴き声。
これは何の夢なんだろう。ファンタジーにもほどがある。

頭がパンクしそうなのに、凍えるほど寒くて、身体が痛い。なのに熱が冷めない。今にも食われそう。早く、夢なら覚めて欲しいのにのに。
いろんな負の感情に押しやられて、なのに最後はこの感情が勝つ。

どくん、と心臓が鼓動する。目の前のバケモノへの恐怖よりこの熱をどうにかしたくて、たまらない。怖いのに、気持ちよくなりたい。助けて欲しい。

ひゅるるるるるるる、ひゅるるるるるる。

そんな懇願を聞き届けたような。その鳴き声は奇妙な音なのに、優しく響いた。見上げるとバケモノはずっとこちらを見ている。鋭い牙は覗いているけどこちらに敵意を向ける気配は、ない。
もしかするとバケモノだけど怖くないのかも。なら今怖いのはこの熱い身体。冷めない熱を抱えて燻る相手のいないこの身体。もう解放して欲しい、誰でもいいから、このばけものさでもいいから。

「たす、けて」

気付いたら、頬を地面に擦り付けて、願いを口にしていた。この熱を収めてくれるなら食べてもいいから、どうか助けて欲しかった。熱なんて感じないほど噛み砕いて欲しい。この状況なんて、もうどうでもいい。夢でも、何でも。
じっ、と見つめるとバケモノは鋭い爪の足で服を切り裂いた。器用にも服だけ、肌は痛くない。

そして、その大きな口から伸ばされた舌でべろりと舐めあげる。たらたらとヨダレを垂らすはしたない俺のものごと。

「ぁ、あァ…ッ」

不快感はない。匂いもしない。
ただただ気持ちい、こんなバケモノの舌でもザラザラしていて、柔らかくて、温かくて、たまらなくなる。腰の奥がじんじんする。
誰にも求められないこの身体を目の前のバケモノは欲してくれている。目を見ればわかる。だってこいつは情欲の色を浮かべている。
途端に求められることの幸福感に呼吸が辛くなるほど、胸が詰まった。

舐められるだけじゃ、物足りなくて震える身体に力を入れて腰を浮かせるとその舌にこすこすと何度も擦り付ける。ざらざらとしたところに先端を押し付けると足が震えて、涙が出る。

「んぅ、ひぃっ……あっあっあっ、ソコ、んッ」

ひゅるるるるるる。

「もっと、なめて、あっんんっ…」

言葉が、分かってるわけないのにぐにぐにと強く押し付けられる。だめだ、と思った時にはあまりの快感の強さに目の前が真っ白になって身体が仰け反っていた。
びゅ、と勢いよく吐き出された精液が思い切りバケモノの舌へ放物線を描いて落ちて行く。

殺されるかな…。はじめて他人の…人じゃないけど、自分以外の相手に感じさせられた。その心地よさに、死んでもいいな、と思った。それくらい幸福だった。

はあ、と熱い息を吐きながらぼんやりとバケモノを見上げた。



ガラテナは可哀想なくらい震える嫁を見つめる。
物欲しげな顔はすぐにガラテナのお気に入りになった。舌の上に出されたものはお世辞にも美味しいとは言えなかったが、まあこの熱に浮かされた顔は悪くないだろう。

はじめて出来た嫁は小さく弱々しい。森に住む生物としては肌は柔らかすぎるし力も無い。体温調節もまともに出来ていない。どこもかしこも簡単に潰れるくらい柔に出来てるのは一目見ればわかる。

これは俺が守らなければいけない存在だ、と本能で感じる。

ひゅるるるるる。

ガラテナのこの鳴き声は愛情表現だった。普段は低く唸る獣のような声を上げ周囲を威嚇したりするが、嫁などには高く甘えるような声を出して少しでも好いてもらうように努力は惜しまない。

しかし嫁はまだ明らかにガラテナを好きにはなってない。もちろん出会ったばかりだ、しかも体調も優れていない。
内心、しょんぼりとしながらもそっと嫁の身体を包むように寄り添う。うっかり潰してしまわないように気をつけながら、寒さに震える身体に毛を押し当てる。
おかげで、震えは少し治った。
ガラテナは寒さにも熱さにも強い。だが嫁はどう見ても違う。体温を分け与えるためにじっと見つめながら寄り添う。

まずは何をすべきか。
食事に毛皮だ。それをたくさん与えたら好きになってくれるに違いない。与えることが、尽くすことがガラテナたちの愛だからだ。そうして繁殖してきた。
それに強さの勲章である魔物たちから戦いで奪った宝やその首。それから魔石や金品や綺麗なもの。財産の管理は嫁にさせる。そうすることで嫁に強さをアピール出来る。

そうして、好きになってくれたら子作りだ。身体は小さいから無理をさせないようにしなければいけない。間違っても壊さないように。
まだまだ前途多難だが、苦には感じない。

ひゅるるるるる。

薄暗い洞窟の中、やっと見つけた嫁にガラテナはいつまでも高い声で鳴き続けた。

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