イケメンで性格が良かったら所謂完璧というやつだ。でもこの国のことわざにある、天は二物を与えずというのは、この男のことを言うんじゃないだろうか。

「あーほんま、なんであんなヤツがモテるんか分からん」
「ああ…でも風紀委員イケメンじゃん」
「はあ!?あかんわ、見る目ないなあ」

俺の本来の隣の席の気弱そうな生徒は早々に何処かに行き、代わりに現れたのは隣のクラスの生徒で、白河。普段聞きなれない方言のせいなのか、何を言っても何となくキツく高圧的に聞こえるのは気のせいかな。
白河は空いた隣の席の、前の席の友人と話している。俺はそれを、弁当を突きながら聞いていた。
ちなみに知り合いじゃない。話したこともないから一方的に俺が知ってる。だってこいつは毎日この席に来るから。

「俺のが8億倍はイケメンやろ」

もしこいつが普通の冴えない…例えば俺のような顔立ちなら、あのやたらと渋い男前の風紀委員に対してのその発言は僻みにしか聞こえない。でも違う。こいつは絵に描いたようなイケメン…いやむしろ絵に描けないほどのイケメンだった。自分に自信がある上での発言だった。
けれど口を開けば全方位に攻撃して、大声で誰かの悪口を言うようなそんなヤツだった。うーん勿体ない。俺の見解はそれに尽きる。

最後の一口、卵焼きを口に運ぼうとしていた俺は突然の真横からの声に手を止めた。

「なあ、小鳥遊はどー思う!?」
「え…俺?」
「お前以外におるんか小鳥遊」

そりゃあびっくりする。毎日休み時間にこいつはここに来るけど、俺と話したことはない。視線があったことも多分ない。向こうは多分俺のことをモブくらいにしか思ってなくて、名前なんて知るわけがないと思っていたのに。小鳥遊。そうハッキリ呼んだ。

「な、何が?」
「だからぁ、あの風紀委員。イケメンやと思う?」
「そりゃあ、そうだと思い、ます」
「はーあー?何やお前手下かあいつの!」

手下って。
神様からの授かり物のようなイケメン顔をムッとさせて膨れっ面になった白河は、あり得ん!と俺に一気に椅子ごと身を寄せてきた。近い近い。

「見ろや、この顔。この顔とあの顔だったら俺の方が10億倍はイケメンやん!」

桁増えてるじゃん。

「こ、好みにもよると思うよ」
「好みぃ?100人中100人が俺って答えるはずや!」

そうか。頷きながらも、内心では実際賛否両論意見は分かれるところだろうと思った。顔のタイプというか、そこが違う。あの風紀委員は男前だ。ああ言う顔が好きって言う生徒はいくらでもいるはずだし。

「じゃあお前はどっちや!」
「俺?」
「せや、お前や。つうか、聞くまでもないけどなぁ!俺しかないんやから」
「俺の好みなんて、当てにするもんじゃないけど」
「めんどくさいヤツやなお前。俺は、お前のが、知りたいんや!」

こいつのがよっぽどめんどくさい。妙に近いし。こいつの長いまつ毛の奥の目が俺を鏡みたいに写してる。どうでもいいけどあーやっぱ俺普通の顔だなあ。現実を目の前に、物理的に突きつけられてる。なんて残酷なことをするヤツなんだ。

そんな、ちょっとした傷付きからなんとなく、そうなんとなく、仕返しのようなつもりだった。

「風紀委員の人かな」

別にどっちもイケメンだし、正直どっちが好みも好きもない。どちらにしようかなで決めても良かったし、名前順で先に来る方でも良かった。
それなら後でめんどくさいことになりそうだから、目の前のこいつのことを言えば良かったかもしれない。

大きく見開いた目が、歪んだのがわかった。



最近大会を優勝して、すっかり何もかも果たした気がしていたバレー部のメンバーはこの湿っぽい男に嫌気が指していた。
しかし相手が3年ともなれば後輩陣はなかなか声が掛けづらい。しかし3年のメンツは普段はバカみたいにうるさい、うるさいのが取り柄みたいな男が泣きべそかいて無言なのが得体が知れず、声を掛け損ねていた。
そこにすっかり遅れて登場したバレー部のエースの久ヶ原は妙な雰囲気に顔をしかめた。

「…なんだこいつ」
「うっさいわボケ!」

部屋のど真ん中、体育座りで泣く白河を久ヶ原は足蹴りしながらそうボヤいた。途端に飛び起きた白河は久ヶ原に食ってかかる。

「はあー、堂々と遅刻出勤してきたヤツは腹が立ちますなあ、このボケめ!」
「部屋に送ってきたんだよ…別にまだ練習も始まってねえじゃねえか」
「あー出た出た、ほんまそういう惚気いらんわシネ!お前だけ円満に結ばれるとかやってられんわァ!」

そんなことを怒鳴る白河の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。イケメンの顔が見るも無残だ。それを久ヶ原は鼻で笑った。

「なんだ、振られてんのか」
「うっさいわァボケ!このカス!あいつのなあ、見る目がないんや!ほんま目腐っとるんちゃうか!?」
「何の話かもわかんねー」
「絶対意識しとると思っとったのに、毎日こんなキラキラ美形がおってなんであいつやねん!腹立つわーほんま、ほんま…しょーもないわぁ」

3年のメンツの何人かが、ああ、と納得した。彼らの中では周知の話だ。久ヶ原が長年思いを寄せてたように、この口の悪い顔だけが取り柄の男もまた、そっと片思いを募らせていたのだ。もちろん本人が話した訳ではないが、露骨に違うクラスの生徒を話しかけもせずじっと見ていれば想像がつく。
微笑ましくももどかしい距離感。誰にでもぐいぐい距離を詰める白河がそれもせずにいる。チームメイトとして面白おかしく、応援したくなるような話だ。
顔だけはやたらいい…顔しか良くないこの白河という男が好意を寄せるのは3年間同じクラスになったことも、交流もない相手で。驚いたのはそんな相手の隣に毎日半ば強制的に生徒を退けさせて座っておきながら、話しかけもしないくせに勝手に好きになってると勘違いしてることだ。
久ヶ原はバカらしいと溜息を吐いた。

「まあいい機会だし諦めろよ」
「なんで諦めなあかんねん!…ま、まだ、挽回出来るはずや」
「無理無理…そもそも脈ないじゃん」
「ってか本当にフラれたの?」

ぐ、と白河は言葉を詰まらせる。

「…俺とあの厳つい風紀委員のどっちがかっこいいか聞いたらあっち言うたん」
「え、話しかけたんだ」
「おん」
「いきなり自分の顔と比べさせたのが初コンタクトってこと?」
「あかんのか!?」

あかんも何も。
いきなりこんな様子で詰め寄られては、あの地味そうな生徒が困惑してドン引きする姿が浮かぶ。それはダメに決まってる、と誰もが思った。

「あー…振られた訳でもないじゃん。まあでも世の中顔じゃないじゃん、な?」

チームメイトの1人が優しい言葉を掛ける。確かにと底に落ちていた気分を僅かに持ち直し掛けた白河だったが。

「こいつの取り柄は顔だけだろ」

久ヶ原のその言葉に白河がまたがっくりと項垂れたのは言うまでもない。

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