何度も染め直されたとおぼしき金髪は素人目の俺でも痛んでいるのがわかった。日の光の下でも、異様に青ざめていて明らかに体調が良いとは言えそうにないほど色のない肌。耳についたいくつもの金属の輪っかはその肌に開けられた穴の数を物語っている。鋭い目は、この世の何もかもを信じていないみたいに辺りを睨み付けているように見える。

そう、多分見えるだけ。このお金持ち学校の中に珍しい不良だから、多分そう思うだけだ。
にしても、見たことねえやつ。こんなに顔色悪いと保健室に来てもおかしくないのに、見覚えがない。俺が許してる禁断の逢瀬にも来たことないやつだ。毎朝剃り忘れる髭を撫でながら、スルーするかしないか、迷って結局野良猫に気まぐれに餌をあげる気分で近づいた。

足音が耳に入ったのか、今までこっちに向かなかった顔が勢いよくこっちを向いた。その顔の感想と言えば、勿体ないだ。この学園なら十分人気になりそうな整った顔立ちだった。鋭い目とシミのない蒼白な顔が人を寄りつかせない、そんな気がした。
警戒心丸出しでこちらを見つめる目は、あと一歩踏み出したところで立ち上がって少し遠のいた。進んだ分だけ下がったそいつは、こっちの一挙一動を見逃すまいと見つめている。

「よー、俺の知る限りこの時間はまだ授業なはずだけど」

なるべくその警戒心を緩めるために、気楽に話しかけたにもかかわらず無視。じろ、と見られただけで返事はなかった。
保険医とはいえ、教師としてこいつの名前聞いて教室に連れて行くべきなんだろうけど、うーん。面倒だなあ。

「つーかここ立ち入り禁止だけど」
「......あんたも」
「んー?俺は良いんだよ、教師なんだから」

聞こえた声は思ったより力強く凜と響いた。保健室で喘いで盛るあいつらよりもよっぽど聞いていたい声。素材だけは抜群だ、やっぱり。

教師、という言葉に胡散臭そうな顔をされた。ほら見ろ、と白衣をひらめかせれば今度は疑わしい目で見つめられる。そんなに俺が教師に見えないのか。
ポケットからタバコを出し今日3本目を取り出す。喫煙スペースはもちろんあるが。そこは保健室から遠すぎるし、だがまさか保健室で吸えば一瞬で学園から叩き出されるに違いない。悩んだ俺は、この学校裏の立ち入り禁止の場所を見つけた。滅多に人が来ないから穴場として気に入っていたが、はじめてここで人を見た。

俺だけの穴場じゃなくなったのは惜しいが、追い払うのも面倒だから不満げに見つめる目を無視して、火を付ける。すぐ白煙があたりを漂う。
じりじりとこちらを見つめる目を無視して、静かにタバコを吸う。保険医のくせに、という突っ込みは無しだ。吸いたいものを吸うんだよ俺は。

「タバコって美味いのか...?」
「うめえよ。気になるなら吸ってみるか」

ごくり、と喉の鳴る音がする。不良だけど流石に犯罪には手を伸ばしていないらしい。この学園でそんなことをしても権力という名の下で、ねじ伏せられる。
おそろおそる、じりじりと近づいてくる気配は好奇心には勝てなかったらしい。ついに、すぐ手の届く位置までやってきたこいつに箱から1本取り出して、手を伸ばして、それに伸びてくる手がタバコのその先に触れる寸前に、手のひらに隠して握る。取れる、と思ったのが取れなくなってポカンとした間抜けな表情は可愛らしい。そのまま腕を上げて、その額を弾く。

半開きになった口と、見開かれた目は何が起きたのかわからない様子だった。
数秒後、ようやく意識が戻ったのか一気に離れていく気配は、さっきより遙かに遠のいた。遠くから警戒心を身に纏った様子でこっちを伺っているのは、まるで野良猫のようだった。

あーこりゃ嫌われたなあ。
取り出したタバコを戻して、今日の出来事ごと吸い殻をゴミ箱に捨てた。

次の日、その場所に訪れてその人影を見つめるまですっかり忘れていた。忘れずに剃ったばかりの肌が少し引っかかるような感じがかゆくて、ぼりぼり掻いて、欠伸をしながらそいつを見つけて、あ?と首を傾げた。よく見ると昨日のやつだ。まばゆい金色。また来たのか、と思った。それだけ。

昨日より遠い位置で、タバコを吸い始めるとそいつはまたじりじりと近づいてくる。

「あんた、俺のこと連れてかねえの」
「んー?どこに?」
「...教室。俺、サボってんじゃん」

痛んだ金髪が太陽の光を反射させる。眩しい。
サボってるくせに、それを咎めない教師の俺に対する純粋な疑惑。それを素直に打ち明ける根の真っ直ぐさ。意外とこいつ可愛いな。

「連れて行って欲しいのか?」
「別に。ただ、教師らしくねーなってだけ」
「教師にも面倒くさがりってのがいんの」
「へー」
「あと俺は保険医だから、ま、教師とはちょっと違うな」

疑うような目で見られても事実だ。何よりこの白衣が物語っている。ひらりと白衣を見せつけるように揺らすと、似合わねーと聞こえた。うるせ。

ふう、と吐くと白煙がうねりながら前へ進む。ゆらゆらと漂って、異様な匂いを発する。けどこの匂いは俺のお気に入りだ。毎日、消毒液の匂いのする部屋に閉じこもっていると無性にこの匂いが恋しくなる時がある。

ただこの匂いに惹かれるのは俺だけじゃないらしい。また一歩、視線を前に向けてる時だけ視界の端でじりじりと距離を詰めてくる気配。まるで匂いに誘われるみたいに。

「副流煙って知ってるか」

ぴたり、と動きが止まる。こっちの言葉に耳をそばだてて、聞いている。

「一緒にいるやつに良くねえからな」

タバコは毒だ。そんなもの、仕事で嫌と言うほど生徒相手に教える。教科書開いて、タバコを吸ったらこんだけ悪くなるって変な色した臓器の写真を指差して。でもそんなもの全部棚にあげて、俺は毎日吸っている。俺の臓器の色もあの色だ。でも、そんなことどうでもいい。

チョコレートでもつまむような感覚でタバコを一本とって火をつける。

でも、タバコは一緒にいるやつにも毒だ。だからこうやってさりげなくこいつを追い払おうとしてるのに、そんなことも知らずこいつはまた一歩近寄ってくる。

「しらね」
「早死にしても知らないからな俺は」
「...あんたのタバコの匂い、悪くねえな」
「そりゃあ、嬉しいね」

ついに、昨日くらいの距離まで縮めてきたこいつはくんくんと鼻を鳴らして、タバコの匂いを嗅いでいる。変なやつだ。
じっと見下ろすと、丸い目がこちらの動きをじっと見守ってくる。

「タバコ、欲しいか」
「また、デコピンするんだろ」
「さあな」

身構えるやつに、吸い終わった俺は手をひらりと振る。
そうしたら、背後で足音が一緒についてくる。

まるで、猫みたいだ。まさに、ちょっと慣れてきた野良猫。まるで餌でもくれるんじゃないかって期待している猫。

しょうがねえなあ、保健室でサボらせてやるか。一定の距離を保って、ついてくる気配は悪くなかった。

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