「おおーい、深山!」
「はい?」
「良いところに!探してたんだからな」

ここは大人の玩具を専門に開発する部署、アダルトグッズ開発部だ。
この会社に入社し、配属されてから既に二年目になる深山だが、まだまだひよっこで、右も左も分からないまま四つ上の先輩、宍戸に可愛がられつつ勉強中の毎日を過ごしている。
二年たつと大人の玩具も奥深いことに深山は気づき、はじめの頃は憂鬱とばかり考えていた気分は既になくなった。友人にはどんな仕事か言えたことはないが。

新人な深山だが、声を上げながらにこにこと走り寄る宍戸は童顔のせいで深山よりだいぶ幼く見え、いくらか年下に見間違われる。
その宍戸はかなり大きなダンボールを持っていて、廊下を左右によろよろと揺れながら、そのまま勢いよく深山に突っ込んでくる。慌てて手を差し伸べるものの、支えきれずぐらついた。

「うわぁ!」
「へへっ、悪いな」

謝りつつも悪びれた様子がないのは子どもそのものだ。深山がそれなりの体躯のため、安心して飛び込んできた回数はもう数え切れないほどになっているが、それでも無邪気で太陽のような笑みを浮かべる宍戸に深山は憎めないどころかときめきを抑えられないでいる。
むしろ信頼を寄せられていると好意的に受け取ることにした。

所謂、深山にとっての宍戸は惚れた弱みというやつだ。

「もう、何回目っすか」
「深山はデカイからさ、ついね、受け止めてくれると思って。痛かった?怪我はしてない」
「いえ...そんなことはないっすよ、平気っす」
「そう?良かった−。じゃあ、末永くこれからもよろしく、僕のこと受け止めてね」

ずきゅーん。深山の心臓は撃ち抜かれた。
まるで結婚したばかりの夫婦のような甘いやりとり。

(末永くって一生って事?責任取れって事?)

深山の妄想は一気に膨れあがる。
加えて天然で素直な宍戸は深山よりかなり小柄で、言ったとおり童顔だ。愛嬌のある顔で下から見上げられれば、その上目遣いで一発。深山はノックアウトだ。あまりの可愛さに目眩を起こしてしまっていた。

「そうそう、それで新しいやつ、来たんだよ。この前のやつ」
「へえ...」
「何その薄い反応!一緒に考えたのに、それでも開発部なの!?」
「わーわー、怒んないでくださいよ。どうどう」
「もう、ほら早く行くよ。実験、実験!早くしないと置いていっちゃうからね!」

宍戸は膨れっ面でむっとさせた。そのまま背を向けて廊下をばたばた走ってから10メートルほど先で立ち止まって振り返った。それから、おいで、というように手で深山を呼び寄せる。すっかり膨れっ面はどっかいった。
そんな仕草はきっと自分を気に入ってもらえているからだとそんな自負がある。

だから新作大人の玩具の試験を頼まれるのも許してしまう。きっと宍戸で無ければ速効断っていた。つまりは、惚れた人にはどこまでも甘くしてしまうのだ。深山は参ったなあと思いつつも照れ照れした顔を抑えられなかった。



実験室と呼んでいるその部屋は、何も試験管やら怪しげな薬が置いてあるような場所じゃない。ベッドとその側にコンセントを挿せるところや延長コード、他にも前に発売されたうちの玩具や拘束具とかがある。いわゆるアダルトグッズ用の実験室というやつだ。
ちなみにテレビもあって、それは玩具を使ったAVを集まってみんなで見るためだったりする。その時間はとても気まずいのだけど、宍戸のきらきらした横顔と少しだけ張られたテントに気を昂ぶらせてしまうので、やめられない。

つまりはその部屋で自社の新作の玩具を試すことが多い。

この部屋が複数あって誰かいる時もあれば誰もいない時もあるのだ。扉を躊躇いもなく勢いよく開けた宍戸の後ろで、背伸びしなくても中に誰もいないのがわかると深山はホッとする。こんな会社で働いていても、試験が必要な仕事だとしても恥じらいはもちろんある。出来れば誰もいない方が良いに決まっている。こんな痴態、惚れた弱みの宍戸だから見せられるというものだ。

部屋に入ると早速意気揚々とダンボールを開け始める宍戸の手元を覗く。やたらと大きい段ボールにはそれなりの大きさの物が入っているものだ。そうして取り出されたのは小型の水車のようなものだった。

(ソレか...)

記憶に新しいその試作品は、当時は随分とマニアックなものを作ったなと思った覚えがある。同時にこんなの気持ちいいのか、と疑ったものだったが宍戸が気に入ったため深山は何も言えなかった。
派手な蛍光ブルーのような色で、プラスチック製。宍戸が何度か水車をからからと回して、立て付けを確認している。いかにも安っぽい見た目だが造りはしっかりしているらしく満足げに宍戸は頷いた。

「おー、なかなか良さそう。よし...深山、試すぞ」

思わず溜息が出そうになるのを抑えて、深山は逆らわず靴を脱ぎ手早くスラックスも脱ぐ。
この行為ばかりは一生かかっても深山は慣れる気がしない。着込んだままの宍戸の前で下半身を丸出しにしているのだから。ましてやあられもなく喘いでしまうときもある。

「上は大丈夫ですよね」
「シワになるから上着は脱いどいた方が良いんじゃない?」
「はい...」

上着も脱ぎ、ハンガーにかけるとカチャカチャと準備をしていた宍戸がソレをベッドの上に持ち上げる。
大きいもののプラスチック製のため重量はそれほどない。女性の手でも片手で気軽に持ち運べるようにしているらしい。取っ手もついているくらいだ。

そして何も付いていなかったはずの水車にはいくつもの、宍戸が用意した取り外し可能のシリコン製の舌が今は付いている。人間のサイズとほぼ同じで色も赤ピンクでそっくりだ。思わず触って見ると表面の触感はザラッとしていて柔らかいが形が崩れないような適度な硬さを持ち、まさしく本物のようだった。
完成度の高さに宍戸と合わせて「おお」と声をあげた。

「なかなかだね」
「ですね」

2人で舌を見つめて、このまま終わらないだろうかという深山の願いを聞いたように宍戸にちらりと見られた。でもその願いを聞き届けたわけじゃないだろうとその視線には甘さが無かった。

(...逃げられないか)

促されるようにベッドの端に座りゆっくり足を開くと、その間に小さめのスツールが置かれる。そしてドンと乗る舌つき水車、商品名は”れろれろ水車”が宍戸の指によって電源を入れられる。ちなみに命名は宍戸だ。
そのれろれろ水車は、電池式だ。どれくらいの時間保つかという試験も今回は含んでいる。そういうのが結構大事だったりする。こういう機械は汁気で壊れたりする可能性もある。売り出す前にそういうものはすべてチェックする必要がある。
その犠牲が今の深山だった。

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