朝也は手元のアイフォンをじっと見つめていた。兄である小暮の返事を今か今かと待っている最中だ。そう返事が早くない小暮のせいで無意識にも焦らされながら、何度も読み込みボタンを押していた。
それを熱のこもった目線で見つめる生徒の数、数えきれない。ついでに向けられる色っぽい視線に三村は面倒くさがることなく、にこにこと笑って手を振った。

「お兄さんから返事は来ましたか、朝也きゅん」
「兄さんは返事早くないから」
「見るからにマイペースっぽいしなあ。何て送ったん?」
「…ご飯誘った」
「ほーん。一緒に食べれると良いな」

三村はこの友人が兄の返答次第で気分が激しく上下することを身を以て知っている。
廊下で距離を置きながらも熱視線を止めない生徒たちを馬鹿馬鹿しく思いながら眺めていると、ふとその間に見覚えのある顔が見えた。

意識しなかったら見落としてしまいそうなほどに普通な顔立ち。「あ」と思わず声が漏れる。

「……朝也が喜びそうなこと、今なら言えるわ」
「…」
「あんなとこに、お兄さん見っけ!」

朝也は勢いよく頭をあげて、それから三村の視線を素早く追ってその先に、朝也が最近専ら意識を割いている兄の姿があった。
目が合ったのか、生徒の波から珍しくこっちに歩み寄ってくる。隣の朝也が一気に緊張したのを三村は面白そうに眺めた。

「兄さん…どうしたの?」
「いや、返事しようと思ったらここにいたから」

いつにも増して嬉しそうな朝也と、いつも通りの何の感情も浮かべていない兄小暮の奇妙な兄弟。三村の最近の楽しみはこの2人だったりする。

「…それで、オニーサンはご飯一緒に食べるん?」
「……いや、断ろうと思って」
「え…何で、兄さん」

喜びから悲しみまで、一直線に朝也の感情が降下したのを三村は感じていた。無表情でも、長年一緒にいればそれくらいは分かった。

そして、ふと兄の小暮を見つめれば微かに、本当に小さくだが楽しそうに笑っているように見えた。もしかして、と三村は2人の沈黙に割って入った。

「朝也のこと嫌いだからでしょ、オニーサン」
「何言って、」
「うん」

躊躇いもなく頷いた小暮に朝也は身体の動きを止めた。まさしく時間が止まったみたいに、微動だにしない。
大好きな兄の言葉を飲み込もうにも、受け入れられないようだった。ピクリともしない朝也に三村は堪えきれず吹き出していた。
長い沈黙の後、ゆっくり朝也の口が開く。

「嘘でしょ兄さん」
「うん…冗談だよ」
「ホントに?ねえ、兄さん…兄さん?待って、」

弟の気持ちをおちょくるみたいに、微かに笑った小暮は背中を向けてどこかに歩き出した。それを「兄さん、兄さん」と後を追う朝也。周りの熱視線も、三村の存在も何もかもどうでも良くなっている。

やっぱ面白いなあ。三村は遠のく2人を見つめながらそんな感想を抱いた。

どうやら今日は嘘をついても良い日らしい。誰が決めたのか分からないそんな日付に、いつもよりご機嫌な兄とそれに振り回される弟の兄弟たちの姿は奇妙で、平和だ。
兄の前でそこまで頭が回らない朝也と、嘘をついた…つまりは嫌いの反対だとあっさり言ってのけた小暮。面白くてたまらなかった。

そして三村の脳裏には、朝也に冗談と言った時のいたずらっ子のような、小さな笑みが浮かぶ。あの兄に振り回される朝也の気持ちが分からなくない、とそんなことを思った。

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