いつも用意されるチョコレートは種類がいろいろある。フルーツ系のやつとか、ミルクとかアーモンドの乗ったやつとか、こんなバリエーション豊かなんだ、と。そしてそのどれも不思議なくらい美味しい。お金がなかった時はチョコを買う余裕もなかったから余計にそう思うのかもしれない。

ある日の朝、リビングに目をこすりながら入ると毎朝見ている景色の中に違和感があった。
何だろう。
ゆっくりテレビ、テーブル、ソファ、もう一回テーブルに視線を戻すとその違和感の正体にすぐに行き当たる。
チョコ、増えてる。いつもは瓶が1つだけ置いてあって、減ってくると勝手に三月さんが足しているみたいだったけど、その瓶の他に一回り大きい瓶があって、その中にもチョコが入ってるのが分かる。

珍しい。今まではなかったのに。

いそいそとソファに近寄り、三月さんがこの間くれたブラウンの覆うほどに大きいブランケットを引き寄せる。とにかくあったかくてふかふか。
不思議なことにいつも使った後ぐしゃぐしゃにしてソファに置くのに毎朝起きると綺麗に畳んである。果たして三月さんが畳んでくれたのだろうか気になるところ。
最近は冷えてきたからこのブランケットに包まる日々だ。

それからテレビをつけて、その瓶をじっくり見つめる。何となくわかるのはこれはいつもより値段が高そうなやつってことだ。
観察しても答えが分からず、結局まあいっかとその瓶を開けようとして、既に開いてることに気付いた。
そして1つだけ食べてみて、思わずわあ、と声を上げていた。甘さがちょうどよくて、口当たりもいい。つい2個目にも手を伸ばしてから、朝ごはんがまだなことを思い出した。

朝ごはんをむしゃむしゃと食べながら、流れるニュースを見つめる。
パンが多いけど、たまに思い出したように白飯なのが嬉しい。味噌汁と焼き魚もついてる。朝ごはんなら食べられれば何でもいいけどたまに恋しくなったりもするし。つやつやに輝く白飯にも最近は慣れてしまった。慣れって恐ろしい。

相変わらずテロップもアナウンサーが話す内容もさっぱりだから写真と映像を見るだけ。テロだとか強盗とかそんな物騒な話ばかりで朝から憂鬱な気分になる。チャンネルを1つ変えて別のニュースに切り替わった時、言葉のわからない俺でも、今日は何の日か分かった。
バレンタインデー。日本じゃ好きな人にチョコを贈る日だ。正直今までの俺には縁のない日だったけど、それならチョコがいつもと違うのは納得だった。

優しいなあ三月さん。
意外とイベントごとにはしっかり準備してくれるらしいのは何となく分かっていた。クリスマスにブランケットをもらったばかりだった。
ふかふかのところに顔を埋めながら、うーんと唸る。
けど、すぐ一月後にはホワイトデーだ。勝手に家から出ることを許されない俺に果たしてお返しを買いに行けるだろうか。

さりげなく頼まなきゃなあ、と1つ悩み事が増えてしまった。

箸で最後のご飯粒を1つ摘んで口に運ぶと、丁度三月さんが外から帰ってきたところだった。長いロングコートを脱ぎながら俺を見下ろす三月さん。一瞬、チョコの方に目が動いたのが分かる。

「チョコ、ありがとうございます」

小さく頭を下げると、三月さんは何も言わずリビングを抜けて部屋へと戻っていく。素っ気なくは感じない、三月さんはいつだってこんな感じだし。
コートだけ置いて戻ってきた三月さんが、ソファの方に近寄ると三月さんがくれた瓶のチョコを1つ取り出して、包装を剥いて、三月さんが食べるんじゃなくてこっちに手を伸ばしてきた。

むに、と唇に押し当てられたチョコレート。え、俺に食べろってこと。まだ白飯の味が残ってるのに、と思いながらもチョコを咥える。

「美味かったか」
「む、ぐ……っ、はい」
「そうか」

ごくり、と飲み込んで口の中がチョコの味いっぱいになったのを見届けた三月さんは、目を細めて小さく頷いた。
これは何かお返し準備しないといけないやつだ。

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