三月さんがお土産に、ある日持ち帰ったのはチョコレートだった。
チョコレート。よくコンビニで、1つ10円の安いチョコレートを買った。それすらためらうほど貧乏な時もあったけど、たまにごちそう気分で買ったりもした。馬鹿みたいに甘いそのお菓子がお気に入りだった。

三月さんからもらったお金の余りで2個も3個も買った時もある。でも日本から離れて食べるのは久しぶりだった。
手渡された瓶を外から眺める。中には金の包装紙に包まれたチョコが入っているらしい。というか高そう、なんか。観察するように上から下から眺めていると、開け方が分からないと思われたのか三月さんに取られた。それからカポと間抜けな音とともに瓶が開いて、それを手渡される。そんな非力じゃないのに。

それをテーブルの上に置いといて、俺はいつも瓶に入っているチョコレートを、何を言っているか分からない番組を見ながら食べていた。半分くらいなくなったところで、1日1個にしよう、と思った。これ高そうだし、美味しいけど、考えずに食べてたらどんどんなくなっていく。

コンビニのただただ甘いのより、ほろ苦さもあって何というか高そうな味だ。おいしい。

そうして残り数個になっていったある日、朝起きて着替える三月さんを背後にソファに座ったら、いつもと違う、何か違和感があって首をかしげる。なんだろう。毎朝見るお姉さんの顔から視線をずらしていって...あれ。

増えてる。チョコレートが。

見間違い?と目を擦ってもやっぱり増えている。ほとんどなかったのに、満帆いっぱいに。瓶をとって横からがめても下から眺めてもやっぱり増えてる。三月さんを思わず見ると丁度目が合う。やっぱり増やしてくれたのかな、そりゃあ三月さんしかいないだろうけど。
嬉しい。

「ありがとうございます、これ」

ふん、と鼻で笑われた。でも悪い意味でも変な意味でもない、いつもの三月さんだ。
やったー。早速開けて1つ食べる。おいしい。やっぱりおいしい。なくなるのは勿体ないし寂しいし、残念だったからよかった。

そのまま三月さんは出てって、俺は遅い朝食を食べて、ぼんやりテレビを眺める。海外の番組は動作が大げさで、表情豊かで言っていることが理解できなくてもなんとなく面白い。たまに聞こえる単語があるけど、本当に少し。これ勉強しないとずっとわからないままなのかな。
海外に住めばすぐ英語なんて喋れるようになるらしいけど、この状況じゃ無理だなあ。

そうやってぼんやり見ながらチョコをひとかじり。やっぱり美味しい、これ。

出て行った三月さんが帰ってきたのは、12時を回ったまだ明るい時間。珍しく早かった。

「おかえりなさい」

返事はない。ただちらりと見られただけ。なんか生存確認でもされてるみたいだった。
いつもはそのまま1度部屋に引っ込んで着替えて出てくる三月さん。一緒にソファに座って三月さんはパソコンを見たりテレビを見たり、アイフォンで連絡を取ったり。物騒な単語は聞かなかったことにしておいたり。

そんな三月さんが着替えもせずに近づいてくる。
なに?

手が伸びてきて、それをぼんやり眺めていると、口元をごしごしと拭われた。

「んむ」

なに、なんかついていたのかな。
拭った裾を見つめると、茶色い何かがついている。あ、チョコレート?
もしかしてついてたの拭いてくれたのか。ぼんやりテレビを眺めていたから汚れているのにも気づかなかった。三月さんは相変わらず優しい。

その汚れたスーツ、どうするんだろうと三月さんを追うと、脱いだスーツの上着は......えっ、ゴミ箱に躊躇いもなく突っ込まれた。え、捨てるのそれ。めっちゃ高そうなのに。

まじか。

唇を舐めると、ほんのりチョコレートの甘い味がした。

home/しおりを挟む