全寮制男子校では、男同士の恋愛に発展しやすい。滅多に会えない女子、温もりに飢えついついセフレなんてものを作りがちなこの学園で、最近やたらと耳にするキスフレンドなるものがある。セフレがセックスフレンド、つまりはセックスを楽しむ間柄を示すが、キスフレはキスを楽しむ間柄というわけで、セックスまで踏み込む気はないがキスくらいなら、という葛藤を解決することになる。

廊下ですれ違いざまに出会った保険医がにやにやしていた時点で、小暮は自分の運が悪いのを思い知らされた。
不幸中の幸いとも言えるのは、保健室はどこよりも暖房が効いていて入った途端、睡魔に襲われるほど。

保健室は既に誰か寝ているらしく、カーテンが1つだけ閉まったベッドがある。患者がいるのにタバコを吸いに行くなんて、保険医らしからないというか。すぐ戻ってくるからいいか、なんてソファに座ってうとうとしていると、遠くなりかけた意識の中で勢いよくカーテンの開く音が聞こえた。
だれ、と重たくなった瞼をのろのろと持ち上げていると「先輩?」と言われた。

俺を先輩って呼ぶ人そんなにいないのに、ようやく目を開くと目の前にはやたらと整った顔。

「せいと、会長…?」
「…こんにちは、先輩…綾川って呼んでください」

第2ボタンまで開いたシャツ、緩んだネクタイ。やたらと色気が全開なのが気になるところだ。それに保健室と生徒会長なんて既視感もいいとこだ。

「先輩また留守番ですか」
「…うん」
「眠そうですね」

こんな目の前に生徒会長がいるのに、妙に眠いのは外気に比べて温かすぎるこの部屋のせい。
ぎしり、とソファが少し沈んで隣に綾川が座るのが分かる。あれ、そういえば綾川って体調悪いのかな。

「先輩にも」
「…?」
「キスフレ、いるんですか」
「え」

キスフレって確か今流行ってるやつ…。

「そんなの、いない、けど…」
「本当に?誰も?」
「うん…なんで…?」

なんでそんなこと聞くんだ。眠たいボーッとした頭で、なんとか瞼を押し上げながら綾川を見れば、綾川の顔がちょっと近づく。

「じゃあ、俺となりませんか」
「そんなこと、したら」
「大丈夫、バレないようにこっそり」
「でも、誰が見てるか…」

学園一の人気を誇る生徒会長とキスなんかしてみれば次の日学園全員が敵になりそうなんだけど。

「今なら誰も見てないですし、」
「ええ…」
「ね、先輩」

ほら、と顎を軽く掴まれて顔を持ち上げられる。目の前いっぱいに広がった顔、こんな間近に見れる日が来るなんて。

柔らかい唇がふにゃりと当たって、頭の後ろを綾川に支えられる。慣れた手つきで思わずうっとりしかけた、既にもううとうとはしてるけど。
伝わった温かい感触と、微かにかかった吐息。何度も啄ばむように、はむはむと噛まれてそれが心地よくてつい綾川の方にもたれ掛かってしまう。頭を支えてる手じゃない方がするすると背中を撫でて、ぐっと押されると全身が綾川にぴったりくっつく。
くっついた綾川の心臓の鼓動が聞こえて、あれ、と内心首を傾げる。妙に、早い…?

「ん、ん…」

呼吸が苦しくて慌てて綾川の胸を押すとあっさり離れて、一気に息を吸い込む。なんで、綾川とこんなことしてるんだろう。思考が一切追いつかないまま、また唇を塞がれる。
またゼロになった距離。ふと、重たい瞼を押し上げれば目の前には整った切れ長の瞳。

その中に宿している色に、カッと身体が熱くなった。
なんで、こんな目してるんだろう。

「ふ、…ん、んん…」

これ、キスフレなのか…?あのお手軽に出来て後腐れのない関係に、こんなキスをするものなのか。
今後生徒会長の顔は正面から見れなくなりそうだ。

どれくらいの時間キスしてたか分からない。何度も角度を変えて深く貪ろうとする綾川にただ、されるがままだった。ソファに押し倒すような勢いで覆い被さってきて、翻弄されるだけの時間。
ふわふわとした頭には、ただこのキスが心地いいとしか残っていない。
離れた顔をぼおっと眺める。眠気とキスとで正常に頭は働かない。

「また、キスしましょうね、先輩」

ぼんやり、頭を上下に振れば、ちゅ、とささやかな感触が唇に触れてすぐ消える。
フレンドの枠をもう既にはみ出ているようなそんな気がしてならなかった。

home/しおりを挟む