全寮制男子校では、男同士の恋愛に発展しやすい。滅多に会えない女子、温もりに飢えついついセフレなんてものを作りがちなこの学園で、最近やたらと耳にするキスフレンドなるものがある。セフレがセックスフレンド、つまりはセックスを楽しむ間柄を示すが、キスフレはキスを楽しむ間柄というわけで、セックスまで踏み込む気はないがキスくらいなら、という葛藤を解決することになる。

そういうの嫌いそうだよなあ、と目の前に立つ木崎を見つめ小暮はそんなことを思っていた。

日直だったため、教室に1人になるまで日誌を書いていた小暮は突然開いた扉から現れたのは風紀委員の木崎だった。最近何かと話す機会が増えている気がする。

「見回り?」
「ああ…最近やたらと風紀を乱すのが流行っているらしいからな」

木崎が言っていることはすぐ予想がついた。
木崎からも日誌からも目を離し、窓から下を覗くと丁度2人の生徒が立っていて、片方が少し背伸びをして、キスをしたのがわかった。あんな分かりやすいとこで、白昼堂々見せつけるみたいに。

「俺には理解し難い」
「…注意は?」
「あとで直接言ってくる、見覚えのあるやつだ」

セフレよりマシ、軽い、友達感覚、そんな理由で今流行ってるキスフレという関係性。確かに風紀委員からしたらこんな流行り怒髪天を衝くだろうし。

「…お前もしたのか」
「……?」
「あれだ」

そんなまさか。
この人にそんなことを言われるなんて思わなかった。

「相手がいるように見える?」
「弟や綾川…ああ、あと水島辺りとかな」

頭の中でハテナマークが三連発した。
そもそも弟はおかしいし、生徒会長はそんなことするタイプじゃないだろうし万が一にでも見つかったら後ろから刺され兼ねない。水島はそんな流行りも知らなそう。
なんでそんな結論に至ったんだろう。

「そんな訳ないのに」
「…そうか。それにしても…軽率で不愉快だ」
「風紀の力で何とかならないもの?」
「隠れてコソコソされてはな」

ぐ、と眉間に皺を寄せて心底不愉快そうに吐き捨てる木崎。丁度日誌で長々と文章を書いて飽きてきたところだったし、好奇心がどんどんと湧いてくる。
こんなに嫌そうな木崎はキスをしたらどんな反応をするんだろう、と。

「友達って言っても、キスしたら色々関係とか変わりそうだけどなあ」
「知らん、そんなこと考える必要もない」
「興味ない?」
「当然だ」

当たり前だとでも言わんばかりにやれやれと頭を振りながら溜息をついた木崎。俺との距離は机1つ分、前のめりになっても届かないかな。

「…感想教えて」
「?…なんの話、っ、…おい!」

つま先立ちで、前のめり…あともう少しだからと、目の前にあった綺麗に結ばれたネクタイをぐいっと引っ張る。
かさ、とした乾燥した薄い唇の感触は何となくイメージ通りで思わず笑みがこぼれる。見開いた目は、思考と同時に止まったままらしい。あと何秒で突き飛ばされるかな、なんて楽しんでる自分がいる。

キスばかりの学園の教室の光景に少し感化されているのかもしれない。
それにしても、元から友達と言えるかは置いといて、これでキスフレになったのかな。二度と口を利いてくれなそう。

どん、と突き飛ばされよたよたと3歩ほど後退した。

「何のつもりだ…」

顔はそうでもないけど耳は赤い。眼差しは鋭いけど、こちらを見る目は気まずそう。思ったより初々しいしいなあ。

「特には」
「そんなに…お前も欲しいのか」
「え、いや…そうでも、ないと思うけど」

自分の行動とは一致しないからしどろもどろで返した言葉。
次の瞬間、今度は俺がネクタイを掴まれて思い切り引っ張られる。ちょっと首が絞まって苦しい。

あれ。
がつ、と打った音と同時にまた木崎の顔が目の前に広がってる。今度は目を閉じて。

すぐに離れた唇に、顔がじわじわと熱を持つのを感じた。

「なってやるよ…キスフレってやつに」

風紀委員なのに良いの?という疑問は、再び迫ってきた唇に全部飲み込まれた。


home/しおりを挟む