全寮制男子校では、男同士の恋愛に発展しやすい。滅多に会えない女子、温もりに飢えついついセフレなんてものを作りがちなこの学園で、最近やたらと耳にするキスフレンドなるものがある。セフレがセックスフレンド、つまりはセックスを楽しむ間柄を示すが、キスフレはキスを楽しむ間柄というわけで、セックスまで踏み込む気はないがキスくらいなら、という葛藤を解決することになる。

階段の踊り場に差し掛かったところで、「オニーサン」と後ろから相当な音量で声が聞こえた。誰のことだろう、とちらりとだけ後ろを向くと真っ直ぐこっちを見つめる視線とかち合う。
朝也の友達だ。確か名前は、三村。

「朝也のオニーサン!奇遇じゃないっすか、こんなとこで会えるとは」
「…なんか用だった?」
「いーえ!友達のオニーサンに会えて嬉しいだけっすよ」
「ふうん」

なんだそれ。馴れ馴れしい犬のように見つめてくる真っ直ぐな目に奇妙な心地になる。
いつもはぴょん、とゴムで結ばれて飛び跳ねる髪の毛が今日はピンで上げられている。女の子みたいな髪型なのに妙に似合ってるのは顔が良いせいなんだろうか。
それに今日のメガネの色はこの前の赤と違い、黄色になっている。どうにも噂だとラッキーカラーの色らしい。三村の親衛隊は三村のラッキーカラーと同じ色の小物にしたりするとか何とか。毎日変わるのに大変に違いない。
それにしても、小物までお洒落な三村と制服をただ着るだけの自分とは大違いだ。

「あっ、そういえば思い出したんすけど!」
「何?」
「オニーサンはもう、朝也とキスしましたか!」
「…そんな大声で聞かないでほしい」

思わず階段下を見るけど、一応誰もいない。三村はポケットに手を突っ込んだまま一段飛ばしで降りてくる。あっという間に距離がなくなることに思わず顔がひきつる。近い。

「誰も聞いてないっすよー。それでキスは?キスフレってやつ、朝也がするならオニーサンかなあって思ったんすけど」
「…」
「あー、もしかして…当たったんすか?」

手が早いなあ朝也、と感心したように呟く三村。朝也に迫られたキスを思い出して、じわりと汗がにじむ。

「じゃあ俺もしていいっすか」
「何でそうなるの…」
「これしたら朝也に自慢出来るじゃないっすか、しかも朝也と間接ちゅー」

そんな満足感のために巻き込まれるのはゴメンだ。「急いでるから」と逃げの姿勢を取ったけど、三村には勘付かれたのか腕を強く引かれる。
そのまま黄色のメガネの奥の好奇心に輝く目がまた距離を一気に縮めた。
逃げられない。

ちう、と間抜けな音と共に軽く唇を吸われ、同時にふわりと香る香水は爽やかな柑橘っぽい匂いがする。細めた目の奥に微かな熱を見出して、どき、とする。

そう長くない時間で三村は離れて、ふうん、と感心したように唇を撫でたその仕草が妙に色っぽい感じがして仕方ない。

「あーあ、オニーサンとキスしたの朝也に自慢したら殺されるかなあ」
「…自慢にもならないと思うけど」
「オニーサン分かってないなあ」

そこも可愛いと思うケド。
不穏な台詞を聞いた気がする、気のせいだと思いたい。

「俺は朝也と間接ちゅーしちゃったけど、オニーサンも結構の人数と間接ちゅーしちゃったんすよ、良かったっすねえ」

オニーサン丁度20人目だから、今日キスしたの。
あまりにも何でもないような風に三村が言うもんだから、思わず腕を叩いてしまった。
何がラッキーカラーだ。厄日じゃないか、と呟くと三村はツボったのかしばらく笑っていた。

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