全寮制男子校では、男同士の恋愛に発展しやすい。滅多に会えない女子、温もりに飢えついついセフレなんてものを作りがちなこの学園で、最近やたらと耳にするキスフレンドなるものがある。セフレがセックスフレンド、つまりはセックスを楽しむ間柄を示すが、キスフレはキスを楽しむ間柄というわけで、セックスまで踏み込む気はないがキスくらいなら、という葛藤を解決することになる。

人のいなくなった教室で1人、日誌を黙々と書いていた。今日の時間割と、それから授業内容を思い出して書いていく。同じ日直の隣の子は部活があるからと申し訳なさそうに謝っていて、別に日誌くらい苦じゃないから構わなかった。

開いた窓から運動部の掛け声を聴きながら、今日の一言の部分に唸る。こういうのは苦手だ。みんなは何書いているんだろう、と前のページを捲ってみる。
“キスフレが出来た!”
“仲良くなりたかった子とキスした”
赤裸々にキスフレのことが書いてあって、思わず勢いよくノートを閉じてしまう。先生もクラスメイトも見るやつなのに。何がキスフレだ、と内心呟いた。

テキトウなことでも書こうとまた日誌を開いたと同時に教室のドアが勢いよく開く。心臓が一気に跳ね、思わずそっちを見ると…白河がいた。
隣のクラスのやつで、よく隣の席に座っている。関西弁で早口、そのせいで威圧的に聞こえるけど学園でも有数のイケメン。
でも俺は苦手だ。

目が合うと少しだけ目をそらして、またこっちに視線が戻る。

「…なんや、まだ人おったんか」
「ごめん」
「は?なんで謝るんや…おかしな奴やな」

ええ、と呆れながらも頷いておく。こういうのはどう反応しても面倒なこと言われそうだ。

「何しとるんや」
「日誌、書いてるんだけど」
「ふうん…1人でか?もう1人おるやろ」
「部活があるって」
「お人好しやんな」

お人好し、の言葉に妙な意味合いがある気がしたけど俺にはよく分からなかった。
すたすたと我が物顔で自分の教室のように、机と机の隙間を縫って距離を詰めてくる白河は、俺の座っていた席の前の席に、後ろ向きで座った。がたん、と勢いよく音がして俺はびくっと震えた。

日誌を勝手にぺらぺらめくって、ほーん、と呟いた。俺に何か用なんだろうか。出来ることなら今すぐ出て行って欲しいし、それが無理なら俺がどこかに行きたかった。

「意外と字綺麗やな、自分」
「あ、ありがとう」

素直に喜んでいいのか、意外の部分にムッとすればいいのかよく分からなかった。いちいい白河の言うことは反応に困る部分がある。

「えー、なになに……今日は何事もない1日でした…なんや、随分普通やん。もっと面白いこと書かんのか。例えば、キスフレのこととか」

パラパラめくった時に俺がさっき見て恥ずかしくなったようなページも見たんだろう。どうなん、とにやにやしながらこっちを見上げてくる視線に気まずくなって目を逸らす。

「別に、書くことはないから」
「へえ?小鳥遊はおらんの、キスフレ」
「いる訳ないよ」

ちろ、と唇を舐めながらこっちを見る白河の視線。その目に妙な熱が込められていて、何となく危機感が背を撫でる。

「せやったら、俺がなったる、お前のキス相手に」

予感的中。咄嗟に嫌だ、とかぶりを振っても白河は間にある机も椅子も飛び越えて身体を一気に寄せてきた。
一瞬で距離を詰めてくるのは運動部だからなのか、逃げる間も無く迫ってきた整い過ぎた顔を見つめるしかなかった。
ちう、と小さな音と共に触れるだけのキス。口を開けば人を貶めるような言葉ばかり吐くくせに、唇は柔らかいんだと感動してしまった。

逃げないようにか、手を握られ指と指の間に白河の指が入ってぎゅっと…これ、恋人繋ぎじゃん。
あんまりにも必死にぎゅう、と握り何度も離れてはくっつくようなキスを繰り返す白河は、やり手のイメージからは程遠い。

何その余裕のない感じ。むしろ必死過ぎて初に見える…。

白河の整った顔をぼんやり見つめていると、恐る恐る白河の目が薄っすら開いて…目が合うと、一気に見開いてぎゅっと閉じる。

「ふ、ん…んっ」

鼻から息を吐くと、ぴくっと反応して、ようやく白河が体を離す。逃げないように手を繋いだままなせいで、白河の手が妙に熱くて汗ばむ。
早く離して欲しいなあ。

「…っ、どうや…?」

荒い息を吐きながらもこっちを勝気に見つめる白河の顔は、真っ赤で思わずこっちの体温も一気に上がった。
とても友達とキスした時の反応には見えなくて、意識してないこっちまで恥ずかしくなるじゃん、と思わず白河を睨んでしまった。

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