星を追ってる、きみを待ってる
生憎の雨で潰れた練習に、彼女は出かけようなんて提案もせずにゆっくりと朝を迎えた俺に目も向けずおはようとだけ呼吸をするように発した。


眠い目を擦りつつ、食卓の彼女の隣の席に腰掛けると飲んでいたぬるいコーヒーを俺に寄越し、読んでいた雑誌から顔をあげた。


「パンでいいよね?」
「うん」


愛想を振り撒くような笑顔も声色もなく、キッチンへと向かった彼女と俺は年期が入った夫婦みたいだけど、そんなことは全くなく年期は入ってるけど所謂カップル。映画とか小説の中のカップルってのは、もっとキラキラしててキャピキャピしてるようだけど、そんな時代は遠に過ぎた。


彼女に少しでも良い格好したくて、自分の雰囲気とは違う洋服を選んだり、大して変わらない髪型と何分も格闘したり。楽しくなかったといえば嘘になるけど、若かったと思う。今の俺にはこれが心地良い。


「ねぇ、今何歳だっけ?」
「女性に年齢の話をするなんて趣味悪いわね。洋二と一緒でしょ」


ふと沸いた疑問を口にすると、心底嫌そうな声が聞こえた。すっぴんも体重も知っているのに年齢は知られたくないのだろうか、と思うとなんだか可愛く思えた。そういえば俺は中学生のこいつも、高校生のこいつも知っている。それじゃあ、甘くてドキドキしっぱなしだった日々は何年前のことだったっけ。


時の流れは一定で、誰しもに平等だけど、残酷だ。俺もこいつも大人になってしまった。


「プロスポーツ選手に年齢の話するなんて趣味悪いわね」
「気にしてんだ?」
「別に?」
「嫌なやつ」


茶化すように真似した言葉に気を悪くするでもなく、茶化すように言葉を返してきた。気にしていない、なんてのは嘘だ。けど、それは多分彼女も理解してる。そうじゃなかったら自分の仕事も忙しいのに、バランスの取れたレシピの本なんて読まないだろう。


チン、という音が響き、焼けたトーストは俺にくれたけど、その間いれていた新しいコーヒーは彼女の口へと運ばれてしまった。仕方なくぬるいコーヒーを流し込みながら、茶化してるふりを続ける。


「でも女の年は気になるよね」
「なにそれ?」


一緒に持ってきてくれたジャムのカゴからマーマレードを選び、それへと塗りたくる。オレンジのきらきらしたどろどろは、俺達の関係みたいだ。べたべたのせいで、絡まって逃げ出せなくて、こんなんで良いのだろうか。


「そろそろ結婚を先伸ばしにしてる男なんて捨ててどっかに行っちゃう年齢かな、って」
「…そうだね」
「そうなの?」


少し間を開けて答えた彼女の声に、少しの間も開けずに答えた俺の声。さっきまで、いつものゆっくりとしたペースで会話をしていたのに、急にあがった俺の息に彼女は思わずといった感じに吹き出した。


「でも、洋二が星を見失ったら、私が星にならなきゃ駄目でしょ?」


横目で俺を見ながら、意味の分からない言葉をはいた彼女は、また一口ミルクも砂糖も入っていない真っ黒な液体を飲み込んだ。


「なにそれ、」
「なんだろうね」


満足そうにそう言い切った彼女は、カップを下げて食卓を立った。ふと目線を彼女から目の前に移すと、カップに入っている真っ黒な液体が、いつかの夜空を彷彿とさせた。確かあの時、俺達は中学生だった。そして、将来の夢を話して、俺は、


一口も食べていないトーストを放置して、さして広くないこの家のどこかににいる彼女を探すために立ち上がった。


星を追ってる、きみを待ってる




110601
素敵企画さんざめく様に提出させて頂きました。
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