きみは泣いていないだろうか
だんだんと気温も暖かくなり外を歩いているだけで気持ちが良い、そんな季節がやってきた。こいつのことだから「お出かけしようよ!」なんて言うに決まっている。そう思い、こいつには言わずに出かける準備をしておいたのに。


うちについたこいつは、一人だけ季節に取り残されてしまったかのような厚手のコートを着ていた。天気予報を見忘れるなんてこいつらしくない。そもそも出て暑かったら着替えてくればいいのに。おかしいと思いながらも、それが言葉にならない自分に嫌気がさす。


「今日はビデオを見ようかと思って」そう言ったこいつの手に握られていたDVDは普段好んで見る恋愛ものではなくアクション映画。「何か飲むか?」と聞けば、こいつのためにうちに置いてある紅茶ではなくコーヒーが飲みたいと答えた。


ここまでくれば不安が確信へと変わっていく。


どうしたんだよ、お前。昨日の電話の時は普通だった。いや、俺が見逃していただけかも知れない。こんなにたくさんのSOS信号を出すまで、こいつの信号を全部を見逃していたのかも知れない。


「堺さん」


DVDをセットしたこいつはいつもならクッションを抱き締めソファに寄りかかる。それなのに今日は俺の肩にゆっくりと寄りかかった。俺はいつだって自分のことで精一杯で、お前の事大切でたまらないのに、たくさんに気持ちを見逃して、たくさんの不安をため込ませて。


「ん?なんだよ、どーした」
「別に」


それでも今ようやく気付けたから。俺に出来るなら君の不満不安苦痛全て取り除いてあげたい。だけど、そんなこと出来るなんてこれっぽっちも思ってない。矛盾だらけの感情を込めて吐いた言葉はめんどくさそうに聞こえたかも知れない。だけど、違うんだ。


「俺は、ここにいるぞ」
「うん」
「お前の、隣にいるぞ」
「…うん」


こいつの思ってることなんて多分ほんの少しも理解出来てない。なんのSOS信号かなんて想像もつかない。言いたくないなら言わなくても良い。だけど、力になりたいって心から思っている。右肩から伝わる温もりを俺の全てをかけて守りたいって思ってる。


それなのに、この感情が10%だって届いてない自覚だってしっかりある。彼女の思ってることを全て聞いて、俺の思ってることを全て言えば良い。ただそれだけなのに。


大人になって、プライドばかり高くなって、良い事なんてひとつもない。大切な人の力になれないプライドなんて必要あるのだろうか。


だからと言って今すぐ捨てられない大人に俺はいつの間にかなってしまったんだ。


きみは泣いていないだろうか
(こんなに近くにいるのに、確かめる術を持たない俺を許してくれるだろうか)




110504
素敵企画Love Potion31様に提出させて頂きました。
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