外巧内嫉
鏡の様に凪いだ海面に月が影を落とす、丁夜。リュユージュはベッドが不自然に沈み込む感覚により、意識を覚まされた。
「…ん、マックス?」
目蓋を開けるよりも早く、彼は口を塞がれた。
━━…っ!?
咄嗟に枕元の短剣に手を伸ばそうとするも、その直前に右手をも押さえ込まれてしまった。
「マックス?ああ、其処のソファで眠ってる男の事か。」
━━レーヴェ!?
自身に伸し掛かっている人物が何者か判明し、焦燥感と緊張感が一気に高まった。
「起き抜けにあの男の名を呼ぶとはな。」
リュユージュは歯を立てて力の限り、口元のその手に噛み付いた。
「…っつ。」
鋭く走った痛み怯んだルーヴィンの手が、一瞬だけ僅かに弛緩した。
「な、何でここに━━!」
しかし次の瞬間にはより強く、口を塞がれてしまった。頬骨に、ぎりぎりと指が食い込む。
「おっと、声は立てない方が利口だぞ?もしかしたらあの男が目を覚ましてしまうかもしれない。」
くくっとルーヴィンは喉の奥でくぐもった笑声を漏らす。
「尤も、お前にその趣味があるなら止めはしないが…。」
━━ふざけんな…っ!冗談じゃねえ!
言葉にならない代わりに、リュユージュは侮蔑と厭悪の感情を視線に込めた。
「ああ、その瞳(メ)で煽るなよ。余計、滅茶苦茶に堕としてやりたくなるじゃないか…。」
ルーヴィンは自身の衝動を抑える為に更に力を込め、彼の右手をきつく捻り上げた。
「どうしたらお前が絶望に泣き叫びながら私に許しを請うか、散々考えたんだよ。だのにまさか、この様な結果になるとはな。」
━━…?何の事だ?
「さあ、どうする?大声で叫んであの男に助けを求めるか?」
ふっとルーヴィンは力を緩めて少し体を離し、リュユージュの口から手を外した。
「それもいい。大丈夫だよ、お前は被害者だ。誰も咎めはしないさ。」
妖しく笑むその碧眼に、宿る狂気。
「尤も、誇り高き『白の死神』が性被害者となると世間の好奇の目に曝されはするだろうがな。」
「そう言う貴方はどうなんだ…!いくら末席の僕相手でも露見したらただでは済まないし、将軍の立場が危うくなるんだぞ?それに、国師の称号だって…。」
「興味がない。」
ルーヴィンは極めて感情の無い、残酷なまでに冷淡な碧眼を向けた。
「はあ?地位を剥奪されても構わないって言うのか?」
「構わないさ、そんなものどうでも良いからな。私は一族の失脚にも自身の立処にも、興味はないよ。都合が良いから、利用してはいるが。」
「…イカれてんな。」
「そうだな。いや、正確には狂わされたんだよ。お前にな。」
「知るか。責任転嫁かよ。」
「どれだけ踏み躙っても、どうして手折れない?一体どうしたら、お前は私に屈するんだ。」
「こんな事なら何回したって無駄だぞ。下らねえ。」
憐憫と嘲罵。リュユージュはそれ等を言葉に込めた。
「貴方との『情事(コト)』なんか、取るに足らない出来事だからな。馬鹿じゃねえの、この程度で僕を支配出来たとでも思ってんのか?」
瞬間、彼は強く頬を打たれた。
-131-
[←] | [→]
しおりを挟む
目次 表紙
W.A