「ああ、悪い。つい手が出てしまった。」
「ってえな…。」
「だから、謝っているだろう。躾とは言え、少々やり過ぎた。」
リュユージュの口の端から滴る鮮血を、ルーヴィンは舌でぺろりと舐め上げた。
「気持ち悪い事すんじゃねえ!」
「気持ち良い事ならいいのか?」
「いい加減にしろ!僕に触るな!」
「大きな声を出すとあの男が起きるぞ?私は一向に構わんが。」
「くそ…っ。」
言いなりになるしかないのかと、屈辱と憎悪が交互に彼を襲う。
以前は肉体の自由を奪われ、今回は状況を人質に取られ。
「卑怯だぞ…!」
その言葉と同時に居室から大きな物音が聞こえ、リュユージュは息が詰まった。
「ああ。もしかしたら今の声で、あの男が目覚めてしまったかもな?」
耳元に口を寄せてそう囁かれたルーヴィンの言葉に、彼は慄然とした。
ルーヴィンはリュユージュの胸の上にそっと手の平を当てた。びくりと、身体が強張る。
「誰かに知られる事が怖いか?凄く鼓動が早い。」
静まり返った室内に、マクシムの声が響いた。
「んんー…、無理無理。もう…飲めねえよー…。」
寝言だろう。
「…下らん。興醒めだ。」
完全に熱情が冷えた表情を見せるルーヴィンはすんなりとリュユージュを開放し、ベッドから降りた。
余りにも呆気ない、その行動。
彼は欲を発散させたかったのではなく、単にリュユージュを窮地に陥れてその様を愉しみたかっただけであった。
その証拠に、全身を強張らせたままので呆然としているリュユージュの乱れた姿を微笑しながら視線で舐めると、くるりと背を向けた。
ルーヴィンの思惑など知る由も無いリュユージュは拍子抜けしたものの猜疑感が拭えず、その背中を射貫く様に見詰め続けた。
玄関の扉が締められた音で漸くルーヴィンが立ち去った事を実感出来ると、何度も深呼吸を繰り返した。
それでもなかなか治まらない自身の鼓動がマクシムに聞こえてしまうのではないかと及び腰になりつつ、寝室からそっと居室の様子を伺う。
変わらず、彼は床の上で大の字でいびきを掻いていた。恐らく先程の物音は、ソファから転げ落ちた時のものだろう。
その様子に安堵し、リュユージュは崩れる様に床に膝を突いた。
━━こんなの、マックスに知られたら死ねる…。と言うか、間違いなく社会的に死ぬな。
「畜生…っ。」
━━全部、ヒルデの言う通りじゃないか。
リュユージュは自身の腕にぎりぎりと爪を立てる。食い込むその痛みだけが辛うじて、彼を現実へと留めていた。
━━何で…、僕はこんなに弱いんだよ…!
膝を抱えたまま、どれだけの時間そうして居ただろう。
やがて朝の明るみが果てしない遠方から滲むように広がって来て、徐々に夜の闇を溶かして行った。
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