彫心鏤骨
マクシムは、キャンベル王国との国境付近に位置するアークライト共和国内の貧しい漁村に生まれた。
彼は四人兄弟で一人の姉と二人の弟がおり、祖父と父親は漁師をしていた。
とある日。
水平線の彼方へ太陽が隠れ薄闇が夜に変っても、祖父と父親が帰港しなかった。普段ならば、談笑しながらの夕食をとっくに終えている時刻だ。
「今日は遅いわねえ、お父さん達。網の修理にでも時間かかってるのかしら。先、食べちゃおっか。」
彼の母親はそう言い、普段より少ない人数での夕食を済ませた。
寄せては返す波音の輪郭がより一層際立つ、真夜中。
喉の渇きを覚えたマクシムは布団から出て、台所に行こうとした。
すると、居室の電気が点いている。
祖父と父親が帰宅したのだと顔を綻ばせた彼の期待は、残酷にも裏切られた。
其処には手付かずの二人分の食事を前に、項垂れている母親の姿があるのみ。
「…母ちゃん?」
「あら、どうしたの?おしっこ?」
室内の照明は、母親の頬の涙痕を照らしていた。
翌朝、未明。
村の漁師達は、昨日と同じ様に出港の準備をしている。しかし彼等は誰一人として、漁具の用意はしていなかった。
「よろしくお願いします…。どうか…どうか…!」
「なあに、心配しなさんなって!あの爺さんの事だ、どっかで寄り道してるのさ!」
祖父と父親の捜索の為に出港して行く村人の漁船を、マクシムは岸壁から見送った。
隣にいる母親は全身を震わせ、立っているのが精一杯の様子だった。それを支えるには未だ幼い、小さな手を彼は母親に添える。
「母ちゃん…、大丈夫だよ。爺ちゃんも父ちゃんも、きっとすぐ帰って来るよ…。」
母親は崩折れるようにその場にへたりとしゃがみ込んだ。
小さくなって行く船影とは裏腹に、彼の不安はどんどん増して行った。
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