一週間が経ち、一ヶ月が経ち。
祖父と父親の生還は勿論、漁船や遺体の発見すらも叶わずにただ時間だけが過ぎて行った。
不幸は相次ぎ、母親は心労から病床に臥せった。
「大丈夫、今日からは姉ちゃんが母ちゃんだよ!」
彼の姉は明るい笑顔で、三人の弟達の食事を用意する。
「なにこれ。お魚、焼けてないよ。」
「こっちは真っ黒焦げだよ。」
「うるさい!文句言うなら食べなくていい!」
彼等は、無理矢理に笑った。懸命に不幸を払い除けようと。
しかし、無情にも母親の病状は悪化する一方だった。
村人達も最初は一家を心配して食料などを恵んでくれていたが、月日の経過と共に徐々に疎まれつつある事を彼等は子供ながらに感受していた。
「姉ちゃん明日から働くから、弟達の面倒はあんたがしっかり見るんだよ。」
マクシムの姉は少し痩せた彼の両肩に手を置き、そう告げる。
「オレ…、やっと学校、に…。」
「行けない。仕方ないでしょ。」
「で、でも…。」
「諦めて。ごめんね。」
マクシムが側にいた末の弟に視線を移すと、何とも無邪気な笑顔が返って来た。自分の中に一瞬でも沸き上がった濁った感情に居た堪れなくなり、彼はぎゅっと目を瞑った。
━━そんな事、思っちゃダメだ…。コイツらはオレが守らなきゃ…!
精神的にも肉体的にも衰弱した母親は程無くして、この世を去った。
この時ばかりは憐れに思った数人の村人達が僅かな現金を持ち寄り、葬式を出してくれた。
「一つ…あんたに言わなきゃいけない事があるの。」
母親の死亡届を役所に提出した帰り道、姉は憔悴しきった表情を彼に見せた。年頃だと言うのに痩せこけた頬は薄汚れ、髪も以前の様に梳かす事はされていない。
「実は、姉ちゃんも病気なんだ。」
幼いマクシムは瞳に零れ落ちんばかりの涙を湛え、嫌だ嫌だと首を左右に振るう。
「ごめんね…、姉ちゃんだって死にたくないよ…。でももう、手遅れなんだって…。」
マクシムは姉に触れようと、手を伸ばす。しかし彼女はそれを固く拒絶した。
「触っちゃダメだよ!あんたにうつっちゃったら大変だからね。」
彼等姉弟には最後の抱擁すら、叶わなかった。
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