前述の様に、リュユージュは投与された薬物の作用により爆発的なエネルギーや運動能力の増進、更には驚異的な集中力を生み出していたのだ。

所謂、ドーピングである。

しかし耐性が出来上がってしまった彼に対しては、些かその範囲を越えた量が使用されていたのだ。






「バルヒェットから聞いたんだ。レオンは━━、」

何故、こんなにも非人道的な事が出来るのか、と。
何故、唯の誰一人として反対しなかったのか、と。

「そう叫びながら、ドクター相手に酷く暴れたって。」



ベネディクトの命令に従っていただけの軍医師を責め立てても何の解決にも繋がらない事を、レオンハルトは理解していた筈だ。しかし、それ程までに憤慨を抑えられなかったのだろう。

捕らえられた彼は、自身の罪をあっさりと認めた。

『どうやら私達、貴方を信用し過ぎた様ね。”裏切り者のアンバー”。』

ベネディクトの唾罵にも、レオンハルトは一切抗言しなかった。

勾留された後でも彼はただひたすら、リュユージュに対するこれ以上の投薬を止める様にと訴え続けたのだ。

無論、無視されるのを承知で。



レオンハルトへの求刑は、第一審第二審共に死刑だった。

しかし、判事であるルーヴィンは充分に情状酌量の余地があるとして、第三審にて永久国外追放とヴェラクルース神使一族及びヴェラクルース神使軍への接触厳禁の判決を下して幕を閉じた。






「彼が何を想っていたか、俺には分からねえよ。ただ、リューク。一つ、教えてやる。」

顔を上げたリュユージュの翡翠色の瞳に、ヘルガヒルデの翡翠色の瞳が映った。

「君は、弱い。」

彼女はそう、容赦のない言葉を叩き付ける。

「頭も体も、心も、だ。それが原因だよ、全てのな。」

安慰の言葉どころか冷罵を浴びせられたリュユージュは、微動だにしなかった。正確には、出来ない程に喪心していた。

「俺と君の決定的な違いを教えてやるよ。勝敗を決する場面で俺は、勝てる確率を考える。しかし君は━━、」

ヘルガヒルデは右手を伸ばすと、中指を跳ねてリュユージュの額を弾いた。

「負ける確率を考えちまうんだ。」

彼は其処に手を当て、睨み付けるような視線を遣った。

「大体、准将ごときに辛勝している程度で何を偉そうに語るんだか。煙火が上がらなければ間違いなく君は負けていた。同じ准将と戦(ヤ)って殲滅させたレオン君の方が、君よりよっぽど強いね。」

「ちょっと待って。」

リュユージュは矛盾点に気が付き、口を開く。

「貴女、レオンの入隊すら知らない筈だよね。それなのに何故、バースでの戦闘を?」

その問いに対して、ヘルガヒルデは歯を見せて笑んだ。

「彼、長身の美男らしいね。少し目尻の下がった、かなりの色男だそうじゃないか。」

レオンハルトは、多くの場面でバーゴネットと言う顔面の殆どを覆う形のヘルムを愛用していた。彼の素顔を知る者は、実は意外に少ない。

その少ない者であるクラウスやバルヒェット、そして第二隊隊員は全員、先程の軍議に参加していた。

つまり、ヘルガヒルデは今日より以前にレオンハルトを既に存知していたのだ。

━━この女(ヒト)、嘘の中に少しの真実を交ぜるから本当に厄介なんだよな。

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