「まあ、冗談はともかく。いいかい?リューク。良く聞け。」
ヘルガヒルデは極めて真剣な眼差しをリュユージュに向けた。
「これから俺が言う事は、上官としての命令ではないし、願意でも希望でもない。だが、君は俺に誓え。従うのではなく、誓え。」
その瞳に威光を漂わせているリュユージュでさえ、彼女の気迫には気圧された。彼は静かに頷く。
「もしも俺に万一の事があったら、サライを呼べ。約束だ。」
ヘルガサライ・ルード。ヘルガヒルデの夫、つまりリュユージュの父親であるヘルガサライは勿論、生きている。
しかし彼はヘルガヒルデの懐妊と同時に、大聖堂の地下室に籠もってしまったのだ。
それだけならば単に夫婦が別居しているというだけの話しなのだが、そうではない。
ヘルガサライは、何とその地下室の扉を外側から混凝土(コンクリート)で塞がせたのだ。
それから、二十年近い月日が経過している。
「本当はもう、死んでんじゃないの。」
リュユージュが口にしたこの疑問も、当然と言えよう。
ヘルガサライは食物は疎か水分すらも摂る事なく二十年もの時を過ごし、存命しているとされているのだ。
彼は正に、人知を超えた現人神であると言えるだろう。
「大丈夫。サライは生きてるよ、俺には分かる。生まれ出ずる時に半分に分け合ったってだけの事で、俺達は元々一つの魂だったんだからな。」
彼女は非常に穏やかな語勢で言葉を続ける。
「俺はサライを感じる事が出来るし、サライもそうだろう。」
それはその表情も同じで、何処か慈愛を感じさせる程であった。
リュユージュは溜息を漏らすと同時に、疑問を口にする。
「ところで、万一って?突然の復職もそうだけど、貴女は何がしたいの。」
「いやあ、別に俺だってそんなつもり全くなかったよ。でも、君があんまりにも弱いから。」
「何それ。」
「君にはまだまだ保護者が必要みたいだからね。」
ヘルガヒルデは嘲笑にも似た表情をする。
「いらない。ふざけてんの?」
流石にリュユージュは不快な気分になり、低い声で問い掛けた。
「ふざけているのは俺じゃなくて、君だよ。リューク。」
ヘルガヒルデは右手を伸ばしてリュユージュの顎を掴むと、それを捻り上げた。
「痛い。普通に、痛い。」
「そうだね。君は、痛みに感謝した事はあるかい?」
「僕にはそんな趣味はないよ。貴女と一緒にしないで。」
「それヴィンセントにも言われたけど、俺にだってそんな趣味は一切ない。」
ヘルガヒルデは更にじりじりと右手に力を込めた。
「俺の言っている意味が分からないうちは、君は弱いままさ。」
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