食後の珈琲を二人は啜る。
立ち昇るその香りの向こうのヘルガヒルデの視線は暗に、レオンハルトについてリュユージュからの説示を促していた。
彼は察してかちゃりとソーサーにカップを置くと、正面を見据えた。
「僕、学校で怪我をした事があって。」
リュユージュは自身の左手を広げると、ヘルガヒルデの方に向けて見せた。
「技術実習で手を滑らせて、小刀で指を少し切っただけなんだけど。」
今では傷痕など残っていない、小さな怪我。彼はその箇所を右手の食指で指し示すと、ぽつりぽつりと語り始めた。
「それまでほとんど痛覚のなかった僕には正直それが耐え難いくらい、痛かったんだ。」
━━鎮痛薬をお持ちします。
件の日。
レオンハルトはそう言って軍医の元へ向かった。
しかし彼は二度と、リュユージュの隣に戻っては来なかった。
「レオンは…、僕の所為で…。」
言葉の途中でリュユージュは苦悶に耐えられなくなったのか。頭を抱えて、膝に突っ伏した。
「全てを、失くしてしまったんだ…。」
「リューク。君って本当に馬鹿だな。」
此処までヘルガヒルデはリュユージュを見据えて静かにその言葉に耳を傾けていたが、遂に気怠そうな態度で溜息を吐く。
「まあ、そんな事より。さっきの君の話しだと、冤罪だと聞こえたんだが?」
「いや、それは違う。レオンが軍法を犯したのは事実なんだ。例えば、ドクターへの傷害罪。また、上官への侮辱罪や抗命罪。これらは、彼が償わなければならない罪だ。」
リュユージュは俯いたまま、こう言った。
「そして、第一審で死刑が言い渡された。」
「傷害罪と抗命罪で?そんな馬鹿な…!」
ヘルガヒルデは珈琲に口を付けようとした伸ばした手を止め、リュユージュに視線を移した。彼は酷く沈鬱な態度だ。
「ああ、そういう事か。恐らく君は、レオン君に全てを知られていたんだろうね。」
同意を示し、リュユージュは無言で頷く。
「つまり彼の本当の目的は、君への薬物投与の阻止だったって訳だろ。」
そうヘルガヒルデは口角を上げると、漸く珈琲を啜った。
「成程な、それで第一級国家反逆罪って訳か。俺、レオン君とは気が合いそうだなあ。」
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