聡明剛毅
敷地の壮大さも然る事ながら、非常に美景な庭園を持つ、ヘルガヒルデの居城。
敷石を歩くベネディクトは澄み渡った青空を仰ぎ見ると、立ち並ぶ樹木や湧き出る泉水を暫し楽んだ。
「今日は何なんだ?珍客ばっか。」
二階に設けられた露台から降って来たヘルガヒルデの声に、ベネディクトは顔を向ける。
すると、全く予想していなかった光景が彼女の視界に飛び込んで来た。
其処に居たのは、城主であるヘルガヒルデだけではなかった。露台の手摺りに寄り掛かっている、一人の人物。
それはロングコートを肩に掛けて両腕を組んでいる、海軍提督のヴィンスだった。
「入って来いよ。」
ヘルガヒルデは顎でしゃくってベネディクトを招く。彼女はそれに従い、城内に進み入った。
「ねえ、ヴィンセント。珈琲。」
「あァ?」
「珈琲。淹れて来て。」
「そういや俺、茶の一つも出されてねェんだが。」
「うん。だから俺のを淹れるついでに、自分のも持って来れば?」
「…。客…だよな?俺…。」
居室から聞こえて来た二人の会話に、ベネディクトは足を止めた。
既知の様に十字軍と王国軍の関係は良好とは程遠く、嫌悪し合っていると言っても過言ではない。
しかし、彼等二人に限っては例外である。
今から丁度、十年前。
士官学校を卒業したベネディクトが将官に就任した際。既に、ヘルガヒルデは収めた功績や武勲により隊員や聖王からの絶大な信頼を得ていたと同時に、その高名は世間にも轟いていた。
先代をも凌駕する戦闘能力を誇示したヘルガヒルデは軍神と謳われ、十字軍の不敗神話を正に実話へと塗り替えて行ったのだ。
その現役当時からヘルガヒルデは公的か私的かを問わず、頻繁にヴィンスと行動を共にしていた。そうなった経緯の詳細は不明だが、彼等は互いに「友人関係」を公言していた。
十字軍とは通常、陸軍のみで構成されている軍隊である。必要に応じて水軍を成形する事は可能だが、王国軍の様な組織としての海軍は存在せず、帆船や軍艦の所有数も多くはない。
つまり、海戦に限っては海軍に大部分を依っていると言っても過言ではないのだが、ヘルガヒルデが退職すると同時にその関係は極めて希薄なものとなって行った。
統帥と提督の間で何度か会合が開かれたが、ヴィンスは堅固としてその態度を崩す事はなかった。
唯一度を、除いて。
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