過去に一度だけあった事例と、其処に至ったまでの事情。それを重ね合わせたベネディクトは、重々しい溜息を吐いた。
統帥と提督の確執は未だ、解けてはいないのだ。
━━彼は一体、此処に何をしに来たのかしら?面倒な事にならなければ良いけれど…。
彼女は表情を取り繕うと、居室へと足を踏み入れた。
「お久し振りね、ブレイアム提督。」
「よう。将軍。」
二人は互いに拝礼を交わす。
「珈琲で?」
「ええ、頂くわ。有り難う。」
ベネディクトはにっこりと微笑みながら、ヴィンスが居室から台所に向かうのを目で追った。
完全に彼の背中が見えなくなって暫くした後、ベネディクトはヘルガヒルデを振り返る。その表情は完全に一変しており、非常に険しいものであった。
「臍を曲げているのも、いい加減にしてもらえないものかしら。」
彼女は眉を顰めたまま、ヘルガヒルデに向かって進み出る。
長椅子に腰を掛けているヘルガヒルデは尊大な態度で不敵な面魂を見せると、ゆったりと足を組み換えた。
「はあ?何、馬鹿な事を吐かしてやがんだ。手前、俺に許しを乞いに来たんじゃねえのか?」
「許しを乞うですって?どうして私がそんな事、しなければならないのよ。」
ベネディクトは呆れ果てた表情を見せる。
ヘルガヒルデは長椅子から立ち上がると、彼女の正面に歩み出た。
「いいか。あの時に言った筈だ。」
その吐息が振れる程に顔を近付けたヘルガヒルデは目を剥くと、腹の底から絞り出す様な声を出した。
「二度と十字軍には戻らない、とな。」
吐き捨てる様にそう告げたヘルガヒルデはベネディクトに背を向けると、彼女を強く撥ね付けた。
「俺が言いたいのはそれだけだ、思い出したらさっさと出て行け。手前とする話しはねえよ。」
鋭い威光を放つ翡翠色の瞳は、確固たる意思を湛えていた。
-290-
[←] | [→]
しおりを挟む
目次 表紙
W.A