機略縦横
「友達かい?」
店主は二人分のグラスを用意しながら、ギルバートに目を移す。
「ううん、友達なんかじゃないよ。下僕。」
「げ…っ?」
回答の言葉に驚く、ギルバート。
「おいおい。坊主は口が悪いな。」
店主は苦笑しながら場を明るくしようと努め、それぞれに翡翠色のカクテルグラスと真っ赤なタンブラーを差し出した。
「彼は僕に『何でもする』って言ったんだ。だから、」
リュユージュはカウンターに肘を置き、身を乗り出す。
「下僕と言うより、奴隷かもね。」
その語句に、店主は僅かな反応を見せた。
だが直ぐに表情を取り繕うと、リュユージュに忠告する。
「いいか、坊主。冗談には笑えるのと笑えないのがあるんだぞ。」
ギルバートの心中は、不愉快だとかそういった類の感情はもう疾うに通り過ぎてしまい、リュユージュの横柄な態度に対しては半ば諦めた様な心情を抱いていた。
「僕、冗談なんか言ってない。」
店主は全く怯む様子もなく、頬が引き攣っている。
当然だ。
彼はリュユージュの正体など、知る由しもない。
「大概にしとけよ、坊主。あんまり調子に乗らない方がいい。」
すると椅子に座っているリュユージュは必要もないのに、左足を外側に開いた。そしてその足は隣に座るギルバートの右足を蹴った。
ギルバートは不審そうに右足を引っ込めながらリュユージュの左足に注目していると、彼は太腿を無理に下に下げている。
左側が椅子からずり落ちている様な体勢だ。
その不自然な動きに気が付いた店主は、咄嗟に身構えた。リュユージュのそれは、抜刀の姿勢だったからだ。
「坊主!!お前、そんな事したらどうなるか分かってるんだろうな!?」
「マスターが言ってた、痛い目に遭わされちゃうかな?」
リュユージュは左足を元に戻し椅子に座り直した。
「ねえ、マスター。貴方、」
彼は自分の瞳と同じ色のカクテルに口を付けた。
「僕を敵に回さない方がいいと思うよ。」
「言うねえ…。お前、本当に何者だ?」
店主は煙草に火を付ける。
「僕の要求を呑んでくれたら教えてあげるよ。」
「分かった、いいだろう。但し、身体検査をさせてもらう。」
リュユージュが右手を差し出すと、店主もそれに応えた。
固い握手が交わされた。
交渉成立の証である。
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W.A