「隣にいた男性を窃盗で現行犯逮捕した際、裁判の一般公開を我々に直訴して来たのよ。『罪は認める、だから公平な裁判を』と。」
ベネディクトは優雅な仕草で珈琲に口を付ける。
「『公開などせずとも裁判は公平である』と、却下したけれどね。」
現在でも、依然として両国の関係は緊張が続いている。バレンティナ国籍の犯罪者への対処に、アンジェリカがキャンベル政府に不安を抱くのは当然と言えよう。
事実、ギルバートへの公訴の棄却は本人及び看守長に速やかに伝えられるべき事柄だが、それはなされなかった。
異邦人に対する杜撰なその体制や処遇が、アンジェリカの行動の正しさを物語っていると言えるだろう。
「その時の態度が印象的で、記憶に残っていたの。彼女はとても堅固で凛然としていたわ。」
「まあ、それにしても無鉄砲と言うより、ただの馬鹿でしょうね。」
リュユージュも静かに珈琲を啜る。
「暴言の対象が僕ではなく貴女だったら、僕は彼女を即刻処分してましたから。」
「や、止めて頂戴。」
ベネディクトは蒼褪めた顔で首を横に振った。
「さすがにこういった場所で処刑したりは致しませんが、貴女を侮辱した人間がいたなら、僕は絶対に許しません。例え、私刑に処してでも。」
「駄目よ、そんな事しないで頂戴。貴方はこれからまだまだたくさん、為すべき事があるのよ?私に拘泥するより、担う未来と責任を重視なさい。」
━━貴女のいない未来など、僕には何の価値もないのに。
リュユージュは言いかけたその言葉を、飲み込んだ。
どれだけ求めても欲しても望んでも、ベネディクトの返答は変わらないからだ。
手を伸ばせば触れられる、距離。
しかし、絶対に触れられない。
決して埋める事の出来ない隔たりが、交わる事の無い心模様が、二人の間には確実に存在する。
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