契機に関しては双方の説明に食い違いはあれど、聖王と大公の両者間では今回の件は両成敗という事で落ち着いた。

それぞれ損傷した艦船の損害金額を明示した結果、相殺には至らずキャンベル側が差額を支払う事となり、現在に至る。



「賠償金額は、此方だ。相違が無いか確認を。」

フェンヴェルグが書類を指し示すも、シエルラはそれに一瞥すらくれようともしていない。

「先程から申し上げておりますで御座いましょう?損害賠償など、私にはどうでも良いのです。」

署名しようとペンを手に取ったフェンヴェルグは、怪訝な表情を見せた。

「それでは何か。此処には零と記せば良いのか?」

「それでも構いません事よ。貴方様が、私の本当に望むものを下さるのならば。」

彼女は席を立ち、フェンヴェルグに歩み寄った。当人以上に、ルーヴィンに緊張が走る。それを察したシエルラは一旦立ち止まり、彼に向かって妖艶な微笑を見せた。

「御安心なさって?私、無腰ですの。今、この場で全裸になって証明しても構いません事よ。」

「実際にその行動をしてみろ。貴様、摘まみ出してくれる。」

フェンヴェルグは眉間に皺を寄せ、露骨に不愉快そうな表情に変えた。

「その様な事、仰らないで。こんなにお慕いしておりますのに。」

シエルラは手を伸ばすと、フェンヴェルグの右目の傷に触れた。そして、次に彼の銀髪を丁寧に梳いた。

フェンヴェルグは微動だにせず、それを許し入れている。

「貴方様が私のものになって下さらないのならば、いっその事この手で殺めてしまおうかしら?」

そう呟いたシエルラの声を聞き、フェンヴェルグは低く喉を鳴らして嘲笑した。

「安易な挑発よ。」

「残念ながら、挑発では御座いませんの。」

彼女は僅かに距離を取り、フェンェルグを見据えた。その黄金色の瞳には、絶ちがたい愛憎の念が宿っていた。

「何が…、望みだ。」

「まあ。それこそ、愚問です事よ。」



シエルラは再びフェンヴェルグの耳に口を寄せると、何事かを囁く。

即座にフェンヴェルグは手元の書類を握り潰すと、碧空色の瞳で彼女を射竦めた。

「終生二度と我が眼界に入らぬと誓うのならばこの侮辱、咎めはせぬ。」

「非常に遺憾で御座います。」

拳を堅く握り締めて憤慨を抑え込むフェンヴェルグに対してシエルラは動揺も焦燥も見せず、真っ赤なルージュに彩られたその口元に喜色を浮かべていた。

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