シエルラが帰国した、翌日。
その正午を少し過ぎた頃、海軍基地の休憩所は昼食を摂る海兵達でとても混雑していた。
「あー…、胃が痛ェ…。」
そう呟きながら彼等の前に姿を現した、一人の男。その体躯は非常に大柄で、休憩所の扉を潜り抜けるのも窮屈そうだった。
「ブレイアム提督!」
海兵達はフォークやカップを投げ出して椅子から立ち上がると、彼に向かって注目敬礼をした。
「いーよ。メシ食ってろ。」
深い青碧色の切れ長の瞳で海兵達に視線を走らせている彼の名前は、ヴィンス・ブレイアム。
海軍提督である。
その長躯に加えて、裸の上半身からも伺える鍛え抜かれた筋肉質な肉体が、充分な迫力を醸し出していた。
「ブラックはやめた方がいいですよ。」
カウンターから受け取った珈琲に口を付けようとしたヴィンスにそう声を掛けたのは、マクシムだ。
「どうぞ。」
彼は笑顔でカップを差し出す。
「なにコレ。」
「牛乳です。蜂蜜入りの。」
それを聞いたヴィンスは力一杯マクシムの頭頂部を叩くと、どすの効いた太い声で怒鳴り付けた。
「阿呆か!餓鬼じゃあるめェし!」
「でも提督。胃が痛い時に珈琲は止めた方が、」
ヴィンスはマクシムの胸倉を掴んで引き寄せると、その強面を近付けた。
「うっせ、黙れ!何で俺の胃が痛いと思ってんだ!」
「す、すみませ…、」
「俺に謝って解決すんなら、とっくに土下座させてんぜ。いいか、マクシム。テメェがしなけりゃなんねェのは俺への謝罪じゃねェ。」
低い声でそう言うと、マクシムを突き放すように向こうに押し遣った。後方へと蹌踉めく彼に対して、ヴィンスは鋭い視線を向ける。
「真実を歪めない事、信念を曲げない事だ。そんだったら、俺ァ喜んでやってやる。」
その言葉が終わると同時に、ヴィンスは肩に掛けていた上着を翻すようにして手に取った。
そして一気に珈琲を飲み干すと、再びマクシムに視線を向けた。思わず彼の身が竦む。
「テメェの尻拭いをよ。」
ヴィンスは上着に袖を通すと釦を留めながら、休憩所を出て行った。
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