「どうして僕が?親衛隊隊長としての特命なら、まだ納得も出来ますが。」
ベネディクトの書斎に呼び付けられたリュユージュは、ルーヴィンの命令に対して反抗を示した。
彼の上官は飽くまでベネディクトである。本来ならばルーヴィンが十字軍隊員に命令を下す権限は無いし、また、リュユージュがそれに従う必要も無い。
しかし余りにも荒涼としたその態度に、ルーヴィンは小さく溜息を吐いた。
「北の塔に閉じ込めていた、黒髪の男を知っているだろう?」
「ああ、はい。」
リュユージュは思い出した様に頷いた。
「その男を探し出し、五体満足で連れ帰れ。行き先はヴォーダンの要塞だ。」
「それが今回の特命ですか?」
彼はルーヴィンに指示された内容を、ベネディクトに確認する。
「ええ、そうよ。」
彼女は椅子から立ち上がるとリュユージュに歩み寄り、こう言った。
「彼の名前は、ドラクール。でもこれは私達が付けた通称だから、更に偽名を使っている可能性もあるわ。」
リュユージュはベネディクトを見据えたまま、再び頷く。
「とにかく、絶対に傷を付けないで頂戴。それが重要な条件の一つよ。」
「彼は何者なのですか?」
「聖王の寵臣よ。」
「ならば何故、あの様な扱いを?扉の鍵の数、尋常じゃない。」
「それ以上、余計な詮索はしないで頂戴。」
ベネディクトは眉間に皺を寄せてリュユージュを黙らせると、命令を続けた。
「もう一つの重要な条件は、三十六時間以内に任務を完了する事。明後日より、王国軍によるヴォーダンの要塞の調査が始まるわ。」
「無傷帰参、隠密行動、期限厳守。以上ですね。」
リュユージュは会釈すると、ベネディクトの書斎を後にした。
「予想より感情の起伏が激しい様だが、問題ないのか?リュユージュは。」
ルーヴィンは腕を組み、再び溜息を吐いた。
「感情?」
ベネディクトは首を傾げる。
「ああ。衝動の抑制に、私は不安を感じたが。」
「どうなのかしらね。投薬と同じ位、断薬の副作用も相当だとは聞いたけれど。」
まるで第三者の様な態度のベネディクトをルーヴィンは不快に感じるも、言及には至らなかった。
-259-
[←] | [→]
しおりを挟む
目次 表紙
W.A