夕食を運んで来たベネディクトは、それを床にすっかり撒き散らかしてしまった。
「ドラクール…?」
彼女は小さく、その名前を呼ぶ。しかし返事が返って来ないのは明白だった。
普段は閉じられている筈の窓が大きく開け放たれていたからだ。
使い古されたカーテンが風に揺れている。
彼女は窓から身を乗り出すと、下を覗いた。
地面は抉られた様に、土が剥き出しになっていた。
彼が飛び降りた痕跡に間違いなかった。
「兄さん!!」
晩鐘が鳴り響く、大聖堂内。
神前での勤行の最中の訪問に、ルーヴィンは極めて不快そうな表情を見せた。
しかしそれは決して、ベネディクトに対して向けた感情からではない。
彼女とて、国師の勤行を遮る行為がどれ程に非礼であるか重々に承知の上だ。そうしなければならない程の異常事態を推し量り、ルーヴィンは顔を顰めたのである。
顔面蒼白のベネディクトはそれでもどうにか、現状をルーヴィンに報告した。
彼は暫し無言のまま、思案を巡らせる。その顔をふと上げると、口を開いた。
「時に、ガイ・マーベリックの子供達は見付かったのか?」
「え?いいえ、見付かっていないわ。」
突然脈絡もない話題を振られ、ベネディクトは怪訝そうに首を傾げる。
「成程。大方、彼奴が一枚噛んでるな。」
「何ですって?ドラクールが?」
「案ずるな、ベネディクト。私が一網打尽にしてみせよう。」
ルーヴィンは確信を込めてそう言うと、ベネディクトの肩に軽く触れた。
彼の言葉は力に溢れていて、非常に頼もしい。
多くの信者がそうであるように、彼女もまたルーヴィンの盲信的信者の一人であった。
ベネディクトの唇から、愛慕と尊崇を含んだ熱い溜息が漏れた。
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