軍営に寄ったリュユージュはボルフガングと隊員達を呼ぶと、留守にする旨を告げた。
そして軍服から私服に着替えた彼は愛馬に跨がり、ヴォーダンの要塞を目指した。
到着したのは夜半過ぎで、既に日付が変わっていた。
━━どうやって探すかな。
迷宮を彷彿とさせる複雑な建物が、月を背負ってそびえ立っている。
何れ程の住人が存在しているのかすら明らかで無いこの場所で、リュユージュはたった一人を時間内に探し出さなければならない。しかも下手に探索しようものなら、逃亡される可能性もあるのだ。
不気味にぽっかりと口を開けているビルの内部に、リュユージュは侵入して行った。
立ち込める異常な悪臭に鼻を塞ぎながら、彼は手探りで前に進んだ。
ふと、その気配に気が付く。
━━尾けられているな。
「誰?僕に何か用?」
相手に殺気が無いと悟ると、リュユージュは大胆にも背後の暗闇に向かって声を掛けた。
「アンタこそ誰なのよ。余所者が勝手に入って来んな。」
姿を現したのは、骨と皮の様な例の少女だった。ぎらぎらとしたその眼差しは、薬物中毒者特有のそれである。
「ちょっと用事があって来たんだ。君こそ、女の子が一人でこんな夜中に何してるの。」
「アタシは見回りしてんのさ。」
リュユージュは懐から束ねてある大金を取り出すと、少女に向けて示した。
「欲しい?」
途端、少女の目の色が変わった。
「僕と取り引き、する?」
彼女は逸る気持ちを抑えようとするが、明らかに落ち着きがなくなっていた。
「もう一度だけ聞くよ。取り引き、する?」
「あ、ああ、するよ。」
少女はふらふらと、リュユージュに近付いて来た。
彼等は二つ三つ、言葉を交わす。
「ありがとう。取り引き成立だ。」
そう言うとリュユージュは金を差し出した。
少女が何の疑いもせずそれを受け取ろうとした、瞬間。
リュユージュは左手に構えていた懐剣で、彼女の首を掻き切った。
干涸びて潤いを無くした皮膚からは、大した出血は無かった。
しかし彼のこの行為、口封じだけが目的では無かったようだ。
「抜け出せないんでしょう?だったらもう、おやすみ。」
リュユージュはそっと、少女の目蓋を下ろした。
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