翌朝。空は雲一つなく、冴え渡っている。
「おい、レオンハルト!どうすんだよ?」
レオンハルトの船室の扉の前には、手付かずの昨夜の夕食が置かれたままだった。
「つーか、とりあえず何か食えってばよ。お前、まさか死んでねえよな?」
すると室内から激しく扉が叩かれた。もしかしたら叩かれたのではなく、蹴られたのかもしれない。
「お、おう、生きてんのな。そりゃ良かった。」
マクシムは苦笑を漏らす。
「航海は順調だ。このまま行けば、あと二時間程で到着するぞ。」
彼はそう伝えると、その場から立ち去った。
マクシムが到着すると言った場所。
「もうすぐ『死の壁』だな。」
それはキャンベル王国が存在するパクスキヴィタス大陸とバレンティナ公国の領地であるティエラ諸島に挟まれた、鋭い傾斜を持つ崖の事だった。
「レオンハルト船長は…。」
「知らね。」
部下の問い掛けにマクシムはそう短く返答すると、煙草を吹かす。
この航路を取る為に、外洋航海を目的とした大型帆船の主帆には横帆が用いられる事が多いにも関わらず、レオンハルトは縦帆を選択したのだ。
通称『死の壁』と呼ばれている崖付近は暗礁が多く、座礁する危険が非常に高い。
更には、少しでも進路を誤ってしまうと、季節風を受けた帆船は為す術も無くたちまち断崖絶壁に吸い寄せられて叩き付けられてしまうといった具合だ。
しかし危険な反面、ぐるりと大陸の外周を行く航路に比べて期間を半分以下に短縮出来るといった利点がある。
今回の航海は、通常の貨物の運搬と同列に考える訳にはいかない。双方共に、捕虜の引き渡しは迅速に行うべきと判断していた。
故に、この航路を使う事が出来る数少ない者の内の一人であるレオンハルトが、船長に選出されたのだった。
「ご迷惑をおかけして、相すみませんでした。」
背後から掛けられた声に、マクシムは振り返る。
「おう。」
甲板に立つレオンハルトは若干顔色が優れない様ではあったが、きちんと身形は整えており、沈鬱な表情はしていなかった。
彼は速やかに檣楼(ショウロウ)に登ると、双眼鏡を手に取った。
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